PLANT-プラント-

千羽稲穂

序章 誰にも望まれないボーイ・ミーツ・ガール

プロローグ

ある魔女の話

 昔々、あるところに一人の少年がいました。

 少年には家族がいませんでした。みんなと違い、家に帰っても少年に「おかえり」と言ってくれる人はいません。ご飯も一人で作って、食卓に一人分のご飯を並べて、「いただきます」と手を合わせていました。学校へ行くときも誰も少年に「いってらっしゃい」と言ってくれる人はいませんでした。

 でも、少年は寂しくありませんでした。

 少年には町のみんながいたからです。

 少年にはたくさんの友達がいました。友達は学校帰りに少年を誘って冒険にでかけました。知らない道を辿り、知らない家にもぐりこみ、宝物を見つけたら家に持ち帰って友達と祝いました。キラキラ、ピカピカの宝物は、秘密基地の宝箱にしまいこみました。宝箱は少年と友達だけの秘密でした。

 少年には、町のみんなもついていました。学校帰りに友達と冒険にでかけたときのことです。少年たちはいつも通り冒険に出かけましたが、入り組んだ道に入り、帰り方が分からなくなったときがありました。道を曲がっても、どの道を選んでも、元の道には戻りません。しだいに、帰り道は遠ざかり、日は下りていきます。

 そのとき。

 ひょいっと黒猫が横切りました。黒猫は横切ったかと思えば、壁からちらりと目を覗かせます。目を細めて、しっぽをゆらゆらと揺らし、「こっち」と手を振るようにしっぽをなびかせました。

 少年たちは黒猫についていくと、町の人々が少年たちを見つけました。迷子になっていた少年の友達たちは不安でいっぱいだったのでしょう。人々を見ると安心して泣きだしました。町の人々は友達たちを慰めました。大丈夫、帰れるからね、と言われ、ようやく家に戻ることができました。

 少年は泣くことはありませんでしたが、友達も町の人々も黒猫も、町の全てが助けてくれたことに温かくなりました。少年は、町の人々が大好きでした。そして、なにかできないかな、と考えるようになりました。寂しさを埋めてくれて、いつも見守ってくれる彼らに。

 そして、ある朝、少年は自身に温かい光が集まってきていることに気づいたのです。最初は体の中央にぽっと光る小さなものでしたが、時間がたつにつれて、体の中のそれはむくむくと植物が育つようにむくむくと芽生えていったのです。その光は、身体から溢れだしそうなほどでした。

 少年は、〝魔女〟と自身を名付けました。

 もしかしたら、町の人々と違ったのは、この力があったからかもしれません。家族がいないのも、家に誰もいないのも、きっとこの力のため。

 そう考えたら、この光を町の人々の役に立てようとしました。

 いつも通り秘密基地に行って、友達に訊きました。

「何が欲しい?」

 すると、彼らは答えます。

「たくさんのお金と宝物」

 魔女は秘密基地いっぱいのお金と宝物をつくりだしました。

 友達は喜びました。

 町に戻り、あらゆる人々に訊きました。

「何が欲しい?」

「お金」

「車」

「家」

「時間」

 全て叶えてあげました。

 お金がないものには、生涯で使い果たせないお金を。

 車を乗りたかったものには、高級車を。

 そして町の人々は時間がなくなり、永遠を手に入れました。

 連日、魔女に町のあらゆる人が訪ねます。そして魔女はそのすべてを叶えました。

 町の人々は両手をあげて喜びました。満足げな町の人々を見て、魔女も嬉しくなりました。

 ただ、寂しくもなりました。

 どんどん願いを叶えるにつれて、友達からも町の人々からも、遊びに誘われたり、話しかけられることもなくなっていったのです。魔女から話しかけようとすると、みんな怖がって逃げてしまいます。どうしてか分かりません。以前は、あんなに一緒にいたのに。

 むしろ、どんどん魔女に献上品が増えていき、人々の欲望は加速していきます。町の外からも人々は訪れ、願いを述べました。しかも、その願いは、人を殺すものでした。あの国の王様を殺してほしい、あの国に戦火を灯してほしい、と。

 その果てに、魔女を手に入れようと夜に忍び込んだ暗殺者に殺されかけもされました。

 そうでなくても、魔女は町の人々の欲望にも参っていました。あの人が嫌い、この人を消してほしい、と。それは、かつて仲良くしていた人や、親切にしてくれた人ばかりでした。人々は互いを憎み始め、きっさきは魔女に伸びていきます。

 魔女は嫌気が差し、町を閉じてしまいました。

 閉じた町の中で魔女は町の人々だけの願いを聞き入れましたが、人を殺すような心がある人は、その人の心そのものを変えました。泥にまみれたような嫌悪や憎悪が綺麗さっぱりその人から消して、願いそのものをないものにしました。

 一層、魔女は町の人々に畏怖されていきましたが、それも全て、ないものに。

 魔女は、ただただ以前のような町になるように願ったのです。

 そうして何年も、何百年も経ったある日。

 魔女はとんでもないことに気づきました。

 町の人々は、同じような行動しかしない人々だけになっていたのです。昨日と同じように声をかけられ、同じようにお店をだし、昨日と同じタイミングでお店に人が物を買います。どの人も、同じ毎日を繰り返していました。それは魔女が違う行動をとろうと変わりません。昨日と異なるように声をかけてみます。「昨日はクロワッサンだったから、食パンがほしい」と言っても「クロワッサンですね」と笑顔で昨日と同じような答えとなって返ってきます。

 魔女は、店員を見て思い出しました。町を閉じた云千年前、その人の心から嫌悪や憎悪を壊し、好意だけ抱くようにしたのです。好意を何年も繰り返し、時間をなくした果てに、町の人々は心が壊れてしまったのです。

 魔女は、町から一歩退きました。魔女がいなくとも、同じ日が続いていました。魔女がいなくなっても、劇の役者が登板できなくなって代役をたてるように見知らぬ誰かが埋められました。町は何日も何日も同じ日を繰り返します。

 誰も魔女のことなど眼中にありません。

 そんなとき昔の町を思い出しました。あの頃の友達や人々は、昨日と同じように魔女に声をかけるだけです。ふっと、あの頃の秘密基地を思い出しました。魔女はあまりの懐かしさに戸惑ってしまいました。

 気づけば、秘密基地に行きついていました。中には誰もいません。宝箱が奥にあり、魔女が作ったキラキラ、ピカピカのたくさんの宝物に入りきれず、床に散らばっていました。でも、それを喜ぶ人はどこにもいません。友達と冒険にでた日も、くだらないことを話た日も、どこにもありません。

 魔女になってから、何百年、何千年経っているのでしょうか。

 もうそれすら分かりません。

 魔女は、孤独になりました。

 もうこんなことはやめよう。

 そう決心して自身の首に刃をつきたてました。首をかっきって死のうとしましたが、彼は魔女です。死ぬことはできませんでした。溺れ死のうとしても、首を吊ろうとしても、高いところから飛び降りても、車に轢かれても、煙をたくさん吸っても、どうあろうと死ぬことはできませんでした。

 魔女は、無理だと分かると町の人々へかけた魔法を解くことにしました。

 叶えてあげた願いや人々の喜んだ顔を思い浮かべます。そのたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。叶えたものを解いてしまった後、どんな顔をしたらいいのでしょうか。きっと幻滅されてしまい、今度こそ火に炙られるかもしれません。

 でも、もう、その喜んでくれた顔すら、何千年も経った今、思い出せなかったのです。

 町の中央へ戻り、息を呑みます。

 全てを解いた後、魔女でない人々がどうなるか分かりません。

 心臓が飛び出しそうになりました。また一人になると悲しくなりました。過去を振り返り、どうしたらよかったのか、どこで間違えたのか考えました。自分が間違えていたことを恨み、町の人々を裏切ってしまうことに胸がへっこむ感じがしました。

 一息に。

 魔女は。

 魔法を解こうと。


 そのとき、翼をもった少女が町に降り立ったのです。


 白い羽が涙でぬれた頬に触れます。

 町の外から、どこから来たか分かりません。

 彼女は、町の中で唯一、魔法がかからない人でした。

 魔女はようやく孤独ではなくなったのです。


 魔女と翼の女の子は、それから何百年、何千年と繰り返す町で幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし。めでたし。


──もう寝る時間よ、誉。

──えー。最後、どうなったの。その二人。知りたい知りたい知りたい~。お母さ

  ん、いつも良いとこで早口になんだもん。なんで教えてくんないのさ。

──聞く?

──教えてくれるまで寝ないから。

──そのうち、お父さんが教えてくれると思うんだけど……もう、仕方ないわね。

──町の人々に殺されたのよ、その女の子。

  だから、春祭りではいつもお社に魔女を献上するの。

──なんで魔女を?

──さあ、詳しいことは分からないけれど、魔女の家系をお社に献上することで町

  の人々は彼女が返ってくると思ったのかも。昔からの町の生業なりわい

  の。さあ、明日はその魔女さんを献上する春祭りだし、お父さんの晴れ姿を見

  れるわよ。家計の生業をしっかりと見ておかないとね。誉もいつかそこに立つ

  んだから。

  おやすみなさい、誉。


──嫌だ。まだ寝たくない。まだ、一緒にいたい。

  まだ……


  母さん。

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