第50話
アリサとケネシスはワイドン公爵邸に向かう馬車に乗り込んだ。
「ケニィ。前に座っていただいた方がお話がし易いのですけど……」
ケネシスは左手で握っていたアリサの右手を持ち上げて右手で擦る。
「少しでも君に触れていたいのです。これまでずっとずっと我慢をしてきたのですから、許していただけますか?」
目を潤ませて伺うようにお願いされれば否とは言えないアリサである。
「……いいですけど……」
「話はちゃんと聞きます。いえ、聞きたいです。アリサのカナリアのような声で紡がれる言葉は一言たりとも逃したりしません」
ケネシスの破顔にアリサは頬を染めてうつむいた。ケネシスは更に破顔する。
「いえ……わたくしの声などそんなに大層なものではないですけど……」
「僕にとっては何よりも聞き心地のいい声ですよ」
「わかりました! わかりましたからこのお話は終わりです」
アリサはプイッと横を向いたが手を振り払うことはなかった。
『ルナセイラ
アリサはメイロッテを溺愛するルナセイラの姿を思い浮かべ頬を膨らませた。
『わたくしのメイ
アリサが諦めのため息を吐くとケネシスは首をかしげた。
〰 〰 〰
第一王子であり王太子であるサンビジュムの最有力婚約者候補になったアリサは定期的に王宮へ通うようになった。数回はサンビジュムと二人の逢瀬であったが、サンビジュムが学園を卒業し、伯爵令嬢キャリーナが女性文官として務めるようになると、『年の近い女官の話を聞きたい』というアリサの要望という建前で時々キャリーナをその席に時々呼ぶようになった。メイドや騎士たちには離れてもらうようになっている。
キャリーナと話をしてみると本当に聡明で朗らかで前向きな女性だった。
「わたくしはこのお仕事がとても楽しいのです。王妃陛下は淑女としても為政者としてもとても素晴らしく尊敬の念に堪えませんわ」
目をキラキラさせるキャリーナにサンビジュムは顔を青くさせる。
「キャリ。あくまでも体験勉強しているだけだからね? わかっているよね?」
「大丈夫ですわ! アリサ様はこんなにも素敵な方ですもの。サンビジュム殿下のお気持ちが変わってもわたくしは受け止められますわ。そのためにも王妃陛下のお役に立てるように頑張ります」
「ないからっ!」
「ありえませんわっ!」
二人の勢いにびっくりするキャリーナであった。
こうして半年ほどの頃である。サンビジュムから苦笑いで提案というお願いごとをされた。
「茶会に付添人を伴うことはマナーに反してはいないよね?」
「そうですわね。特にわたくしは最有力とはいえただの婚約者候補でございますから、サンビジュム殿下とふたりきりでいる必要はございませんし、幸いにも五つも歳が離れておりますので理由付けには困らないと思いますわ。キャリーナ様をわたくしの付添人として毎回来ていただくということでございますか?」
「いや。キャリーナとは別の日なんだけど、君の友人としてメイロッテ・コンティ嬢を付添人にしてくれないか?」
「は? まあ、
「実は弟に頼まれているのだよ」
サンビジュムが目線を送るとそれを合図にしたようにルナセイラが現れた。話が見えないアリサはキョトンとする。
『時には少女らしい表情もするのだな』
サンビジュムはなんとなく微笑する。
「はじめまして。オルクス公爵令嬢。ルナセイラと申します」
アリサは慌てて立ち上がろうとしたがサンビジュムが制した。
「乱入者はルナセイラの方だから気にしなくていいよ」
「そうです。同席をお許しいただけますか?」
有無を言わせない輝く笑顔のルナセイラにアリサはコクリと頷いた。
『断れるわけないですわよね……』
メイドはルナセイラの分のお茶を淹れると再び離れていく。アリサは逃げられるわけはないので覚悟を決めた。
「遠回しなお話は結構ですわ。お義姉様を同伴せよとはどのような意図がおありになりますの?」
『お義姉様を傷つける意図なら絶対に同意などいたしませんわ!』
アリサの目には譲らないものがあるという意志が込められていた。
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