第48話

 サンビジュム第一王子からお茶の誘いを何度も受けその度に遠回しな拒否をしていたアリサだったが、あまりの誘いのしつこさに埒が明かないと判断し王宮へ赴くことにした。


 王宮庭園の四阿でアリサを迎えたのは透き通る青空のような髪に大きな宝石のようなオレンジ色の瞳の美少年だ。


「アリサ嬢。よく来てくれた。会えて嬉しいよ」


 十八歳の美少年と十四歳の美少女が優雅にお茶をしている姿はメイドや騎士たちを感激の坩堝に引き込んだ。

 しばらく歓談した後、サンビジュムはアリサを散歩に誘った。護衛やメイドにはアリサとの親睦のため少し距離をおくように指示する。


「君と話をしてみて本当に聡明で素晴らしいご令嬢なのだと思ったよ」


「恐れ多いことにございます」


「ははは。十四歳でその言葉を使うのは君くらいだと思うね」


「………………そうでしょうか?」


『中身は十九歳で貴方様より上ですとは言えませんわ……』


 アリサは曖昧に微笑んだ。


「そういう顔を作れるのも君だけだろうね」


 笑顔を輝かせてそういうサンビジュムにアリサは遠慮なく嘆息をしてみせた。


「どうしろというのでしょうか? はっきりとご説明いただきませんとこれ以上何もできません」


「まあ、そう怒らないでくれ。聡明な君に相談したいことがあるんだ」


「はあ??」


「まだ公にできない話だからこうして皆から離れる口実を作った」


「左様でございますか……」


 サンビジュムがアリサに手を伸ばす。


『内密な話をするためにもう少し近い距離に来いということなのでしょうか?』


 アリサは後ろの面々に見えないようにため息を吐きサンビジュムの手をとった。


「「きゃあ!」」

「「おお!!」」

 

 二人が仲を深めたように感じたメイドや騎士たちは喜色めいておりアリサは少し後悔した。


『やはりお茶のお誘いに応えるべきではなかったかもしれませんわ』


「君はあれほど期待されているのだよ」


 アリサの気持ちを察したようにサンビジュムが苦笑いをする。


「こうしていられる時間も短いから単刀直入に話すね。実は私には好きな女性がいるのだ」


「まあ。そうでしたか。でしたらこの話は殿下にとってもご迷惑なものでございましたね」


「ある意味ではね」


「喜ばしいお話のはずですのにご内密ということは喜ばれるお相手ではないということですか?」


「察してくれて助かるよ。喜ばれないというほどの方ではないのだが、君と比べると祝福の声は小さくなるのはしかたないのかな」


「それは諦めてくださいませ。自分で言うのもなんですが、わたくしほどの優良相手はなかなかいないと思いますわ。あくまでも本人たちの気持ちを無視すればということですが」


「君、本当に十四歳? その達観視がそうは思わせないのだけど?」


「淑女に失礼ですわ」


 子供らしく唇を尖らせたアリサにサンビジュムが破顔した。


「あははは。ごめんごめん。まるで同年代の友人と話をしているような気持ちになるってことさ」


「兎にも角にも、そのご令嬢はどちらさまですの?」


「学園のクラスメートでね、伯爵家のご令嬢なんだよ。彼女にも婚約者はいない」


 サンビジュムは現在学園の三年Aクラスに所属している。


「まあ! それでしたら優秀なお方ではありませんか。伯爵家というのは確かに気にされる方はいらっしゃいますが、学園のAクラスに所属できほどの才女であるご令嬢にお相手もいらっしゃらないなどなかなかないことですわ」


「そうなんだよ。卒業パーティーまでに両陛下へ紹介したいと思っていたんだが……」


「わたくしが現れてそうはいかなくなってしまった……と……」


「そういうことだ。彼女は君の本のファンだそうで、私の相手が君だと知ると大仰おおぎょうに賛成してくれたよ」


 困り顔の笑顔も美しいサンビジュムだが、アリサは真剣に思案していた。二人は口も開かずにゆっくりと庭園を回る。


「わたくしの学園卒業まで五年ほどございます。その間、そのご令嬢に王城文官になっていただき王妃陛下付きの女性文官としてお仕事をしていただいてはいかがですか? 王妃陛下の賛成を得られれば心強いと思いますわ」


「なるほど!」


「それまではわたくしを最有力婚約者候補として扱っていただいて結構です」


「そんな……。それは君に失礼なことだろう」


「問題はございません。わたくしは殿下の伴侶にならないのでしたらどんな協力も惜しみませんわ」


「あははは。それはそれで寂しいね。随分と嫌われたものだ」


「殿下を嫌っているわけではありませんわ。わたくしは王妃になりたくないだけです」


 表情をほぼ変えずに冷静なアリサにサンビジュムは安心感さえ覚えた。

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