第32話
テッドは耐えきれずポロポロと泣き出した。
「何を……すれば……いいのだろうか……」
「まずは先人たちの知恵を理解するために文字をしっかりとお勉強いたしましょう。そしてそれを使うための知識も身につけましょう」
「わかった。やる!」
「これまでより厳しい学術になりますができますか?」
「やるっ! 俺は住民を見捨てないっ!」
『ああ。なんと良い本が発行されたものだ。解釈は私とテッド様で異なるがよい効果となった。
バリヤーナ侯爵様はここまで予想してこの本を私に託したのだろうか?』
この国には少年向けの物語本は存在していなかった。
しかし、テッドの父親バリヤーナ侯爵がどこからかこの本を持ってきて家庭教師に託した。バリヤーナ侯爵も家庭教師もテッドが英雄に憧れ本に興味を持ってほしいという程度に考えていた。
この後にはもう少し幼い者向けの絵本が発行されたり、英雄譚などが挿絵を多く使い少年たちの興味を引くような形で発行されていく。
兎にも角にも、その日からテッドは学術の時間を疎かにすることがなくなった。寝る前には執事を呼び単語を教わりながら本を読む。
いつの間にかテッドの部屋には男子向けに発行された本がズラリと並んでいた。何度も何度も繰り返し読み自分ならばと想像する。
「英雄はかっこいいけど、やっぱり俺は住民たちにツラい思いはさせたくないな」
「そのようにお考えになるテッド様はきっと良いご領主様になられますよ」
執事はテッドの前にホットミルクを置きながら嬉しそうに笑った。
文字を知り本を知るとますます学術の必要性を実感していくテッドとノアルは学園に入学するころにはAクラス入りするほどになっていた。
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テッドが「幼き頃に勉強の必要性を感じなかった」と説明したことにパレシャはくってかかる。
「騎士団に入るなら勉強なんて必要あるわけないじゃん! どうせ世襲で騎士団団長になるんでしょう!」
ノアルの手に思わず力が入りギリッと締め付けられたパレシャが叫ぶ。
「痛いっ! モブのくせにふざけんなっ!」
生涯の主と慕っているテッドを侮辱され自身も所属する予定の騎士団を愚弄されたノアルは力を緩めない。
「モブ? お前は本当に意味のわからぬ単語を使うな。どこかのスパイではあるまいな?」
「生粋のユノラド男爵領生まれのユノラド男爵領育ちよっ!」
「ならばユノラド男爵家が……」
両親や兄にまで話が及びさすがのパレシャも顔を青くする。
「ノアル。からかってやるな。その点はすでに調査済みであろう」
ルナセイラがやれやれと苦笑いをしたのを見てパレシャは今度は顔を赤くして無理矢理首だけ後ろを向いてノアルを睨みつける。
「アンタ。後で絶対になぐるから!」
「やれるものならやってみろ」
「アンタの爵位は?」
「これはこれは申し遅れました。ベライス伯爵家が次男ノアルでございます。
ユノラドだ、ん、しゃ、く令嬢にご挨拶申し上げます」
爵位がパレシャより上だと強調したノアルに招待客からも笑いが漏れた。ルナセイラは腹を抱えて大笑いを堪えているし、テッドは困ったと微苦笑いである。
「私が公爵夫人になったらアンタの家は潰すからねっ!」
「それはそれは楽しみにお待ちしております」
「ノアル……」
ノアルはニヤリと笑ったがテッドに釘を刺されてこれ以上を諦めて眉を上げて小さく二回頷いた。
「ユノラド男爵令嬢。騎士団団長についての貴女の憶測も間違いがあるようだ。
俺は鍛錬と知識のため三年ほどは騎士団に所属するが弟が学園を卒業し騎士団に入団すれば退団して叔父に習い領地経営をする。三年で団長になれるほど騎士団は甘くない。
一昔前なら世襲もあったが現在は実力主義だ。弟が団長になれるかは彼の努力次第ということになる。
俺が団長になるなどと軽々しく口にすることは騎士団全体を愚弄することになるがその覚悟はお有りかな?」
現在のバリヤーナ侯爵領は侯爵の弟が経営しているようなものだ。これは騎士団団長であるバリヤーナ侯爵と弟との適材適所の判断があったためである。
「アリサ……。助けて……」
急に猫なで声になって庇護欲そそる表情を見せたパレシャにアリサでも驚いた。
「ここは無関係なわたくしではなくユノラド男爵令嬢様が大好きでいらっしゃるズバニールに助けをお求めになられるべきじゃないかしら?」
突然のパレシャからのフリに戸惑ったアリサは咄嗟に矛先をズバニールに向け、向けられたズバニールは第二王子ルナセイラと戦う準備をしていなかったため仰け反って動揺していた。
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