インタールード
インタールード 憧れのかとうれいこ
「南佳孝(みなみ・よしたか) - モンロー・ウォーク」(1979)という曲がある。これは、「郷ひろみ - セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」(1980)や「かとうれいこ - モンロー・ウォーク」(1991)のオリジナルということになる。作詞は、来生えつこ(きすぎ・えつこ)。
ということで、かとうれいこさんについて話したいのである。
かとうれいこさんの「モンロー・ウォーク」、8cmCDのジャケット写真での姿が、とても美しい。曲はスポティファイにも載っているので、現在僕はCDではなくそちらで聴いているのだけれど。
彼女と言えば、グラビア(・写真)である。アイドルである。
以前に僕は、YouTubeの或る動画で次のようにコメントしたことがある(普段はコメントしない方なのだが、グラビアアイドルの歴史についての動画だったので、どうしてもそうしたくなったのだった)。
《【グラビアアイドル】という「言葉」の誕生には、とても興味があります。ぼくは、1997年頃から登場した言葉だろうと思ってきました。それ以前については、現在から振り返ってみればグラビアアイドル(と言える「存在」)だったなあと感じられるということであって、【グラビアアイドル】という言葉は無かったのではないかと想像しています。また、バラドル(バラエティーアイドル)という言葉があった上で、登場した言葉のようにも思います。違っていたら、ゴメンナサイですが……。》
元祖グラビアアイドルとして、アグネス・ラム説とか堀江しのぶ(ほりえ・しのぶ)説とかがあると思うのだが、僕はこのように考えている。それは、「週刊プレイボーイ」(1998年3月10日号)の嘉門洋子(かもん・ようこ)さんのグラビア・ページに、《グラビアアイドル》という言葉があることを確認できはするが、そこではまだ、彼女がそう呼ばれているというだけで、言葉が一般的でないような雰囲気が、その文から感じられるからである。
また、西暦2001年12月に発売された「Candy girls BAMBOO GROVE――河村彩写真集」の帯で、《ビジュアルアイドル》の言葉を見たことがある。
西暦2001年になってからさえも、まだ《グラビアアイドル》という言葉は、それほど広まっていなかったのではないかとすら思うのである。
つまり、かとうれいこさんは、まだグラビア・ページ写真のモデルが《グラビアアイドル》として認知される前に現役バリバリだった人なのである。偉大だ。
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