第3話 新田樹。

保健室に着くと、保険医はすぐに教室まで行って吸入器を取って来てくれる。


私が吸い込んで休んでいると、男子生徒はまだ横にいて「先生、その機械って関谷が倒れたら使わせればいいのー?」なんて聞いている。


「今くらいならね。酷かったらビニール袋なんかに使ってその空気をゆっくり吸わせてあげて」

「了解、メモ取る」


男子生徒は熱心に、スマホに言われたことでも書いているのかアレコレやっている。


いつまでも座ってる私に「寝ないの?」と聞いてくるが、「人にもよるけど、寝ると咳が出るから、座っていたほうがいい人もいるのよ」と代わりに保険医が答えてくれる。


暫くして落ち着いて来たところで、「図書室に用があったの?」と保険医に聞かれた。


頷いてから「油断しました。埃と天気…」と言うと、保険医は「新しい生活のストレスもよ。三ノ輪先生経由だけど、あなた去年はほぼ倒れていないんでしょ?無理しすぎよ」と言う。


保険医だからなのか、なにか事情があるのか?

いやに詳しいこの保険医に疑問を抱くと、男子生徒が「先生、なんでそんなに詳しいの?そんなにこの病気って有名なの?」と質問をする。


「まあ有名だけど…」と言い淀んだ保険医は、私の顔と時計を見ながら「お昼休みが終わるわ、君は教室に帰りなさい」と言って質問に答えると、男子生徒は「俺、保健委員です」と言って笑う。


「でもダメよ」と言った保険医は「関谷さんは休んでいく?早退する?」と聞いてくる。


正直ここにいてもあまり意味はない。

もう一度時間が経ってから吸入をして、教室でハンドタオルを口元に当てて指されなければ授業は受けられる。


「戻ります。後でもう一度吸入して、タオルで口を抑えて。あとは指されなければ平気です」

「そう。無理はしないでね」


男子生徒は「おお、指されなければいいんだな。覚えた。先生に言ってやるよ」と言ってまたスマホに記帳していく。


帰り際、私も先生に「助かりました。でも本当に詳しいですね」と声をかけると、困ったような顔をした保険医は、「昔、あなたのお兄さんが図書室の本とスマートフォンを持って、教えてくれって来たのよ」と言った。


その事に私はまた驚いた。

確かに制服の掃除なんかは高校生になってからだった。


男子生徒は好奇の目を向けてくるかと思ったが、「先生、じゃあ俺にも教えて。今度来るね」と言い、「関谷、歩ける?肩貸す?」と声をかけてくる。


「平気。埃臭くてまた発作出たら困るもん」

「確かに、関谷って臭くないの?」


男子生徒は私の肩に顔を近づけて匂いを嗅ぐと、「おお、違う気がする」と言って歩き始めた。


あまりの距離感に私は真っ赤になっていた。


授業にはギリギリ間に合い、5限の岩渕先生は「あれ?大丈夫か関谷?」と声をかけて来て、私がハンドタオルで口元を抑えながら頷くと、男子生徒が「なんだっけ?もう一回吸入してタオルで口を抑えて、指されなければ平気ですって」と話すと、「えー…っと、新田だったな。保健委員なのか?」と聞かれて、男子生徒は新田だと判明した。


新田は「はい。たまたま見かけて良かったですよね」と言ってから、「な、関谷」と話しかけて来た。


私は憎まれ口も叩けずに頷くことしかできなかった。




放課後、まさかの事が起きた。


「よし、帰るぞ関谷!」

「え?」


「調べ物はまた今度にしろ。家に帰れ。家族の人にヤバかった報告をしてやる」

「…あんた…」


「新田、新田樹にった いつき。あんたではない」

「新田…君?本気?」


「本気だ。遭難したらどうするんだ?」

「同じ中学から来た人たちもいるから、電車とか駅なら何とかなるよ?」


「俺の寝覚めが悪い。気になる。気になって夜も7時間しか眠れないし、飯も一回しかおかわりが出来ない」

「元気じゃない」


「とりあえず帰るぞ。家どこ?」

「余奈加」

「俺は浅一だ」


逆方向は言い過ぎだが、通り道でもなんでもない。

遠回りの寄り道じゃないか。

学校のある間蛭を時計の真ん中にしたら余奈加は3時、浅一は6時の場所になる。


私は目を丸くして「私電車、電車賃」と呟けば、「俺はチャリだ!この足があればどこにでも行ける」と言い返される。


「天気…これから雨」

「なら急がねえとな」


どうあっても着いてくるらしい。


新田は「雨が降る前に関谷を届けるためにも、間蛭駅から余奈加駅までの間に、間に合わせっからな」と言って笑うので、私は「急行来ないかな」と言う。


「酷え!流石に急行には勝てねえよ!」


そんな事を言いながらも新田樹をすごいと思った。

学校から余奈加駅を目指すのではなく、本気で間蛭駅から「じゃ!駅で待っててくれよな!行くぜシルバー!」と銀のママチャリに語りかけて爆走していく。


キチンと各駅停車を待って電車に乗り込んだ私は、途中の道路と並走する場所で立ち漕ぎママチャリを見て「嘘ぉ…」と言ってしまった。


改札から出ると新田樹は肩で息をしていて「間に合わせたぜ!」と言って決めポーズのようにガッツポーズを取っている。


「道交法」

「今日だけ変わった」

「…お疲れ様」


私は駅の自販機で買ったお茶を渡すと新田樹は「マジで!?関谷って優しいのな!」と言って美味いと言いながらお茶を飲む。


家までは喘息の話ばかりしていた。

親が心配すると聞かれて、共働きと答えてしまって失敗したかなと思った。


「埃がダメって掃除は?」

「こまめにしてるよ」


「家にダメなものは?」

「ペットとかぬいぐるみとか絨毯とかタバコとか」


「え!?ぬいぐるみダメなの!?」

「なんで?」


「関谷って、ぬいぐるみが似合いそう」

「もう子供じゃないよ」


かつてお兄ちゃんがお土産にぬいぐるみを買いたがってくれたがっていた。その時も「愛には似合いそうなのに…欲しいなぁ」と言っていたのを思い出して、「ふふふ」と笑ってしまい、その顔を見た新田樹が「おお、笑顔」と言う。


「…なにそれ?」

「関谷はいつも辛いのか、笑顔を見せてくれないからな、レアだ。それに笑った方が可愛い」


可愛い!?

そんな事を言われる経験もなく、私は赤くなるし口説かれているのか、親もいないと言ってしまって、このまま家に押し入られて何をされるのか、私はたまらず怖くなり、変な考えが脳裏をよぎる。


だが新田樹はそんな事もなく喘息の話ばかりで、制服の清掃の仕方を聞かれて答える間にウチに到着してしまう。

何もなく帰すのは正しいことか気になって「寄ってく?」と聞いたが、「危ないこと言うな!男を家に無闇にあげるんじゃないぞ!俺たちはまだ会って2週間。話したのも今日が初めて!」なんて言って、軒先で「行くぞシルバー!」と言って走り去り、遠くから「地図アプリ起動し忘れた!?家はどこだ!?」と聞こえて来て笑ってしまった。

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