第1章 11話

 1人の暗闇は、思ったよりも心細い。先に逃げた2人を探すことも、残された2人を助けることもなく、波澄は走り続ける。足を止めるのにはまだ早い。あと少し…もう少し…

 

「どこに行くんだ。」

「!」

 

 ただひたすら走って、複雑な裏路地を導かれるように移動していた。やっと着いた。そう思った瞬間に上の方から声がした。見上げれば、屋根の上に堂々と佇む有坂の姿がある。どうやら後ろには永田もいるようだ。2人は、波澄を睨むように見ると猫のような軽やかさで綺麗に地面に着地した。

 このセカイに必要なのは想像力と願望。この2人は、もうすでにソレをかなりの精度で操れるらしい。人間離れした身体能力がその証拠だ。

 

「すごいな、この力は。」

「まるで自分の体じゃないみたい!これならもっと遠くまで行けちゃうね!」

「…楽しそうでなにより。」

「想像力と願望…か。思い浮かべて、願えばそれが叶う。どういう原理だか知らないが、もう少し研究したい。」

「なんかその発想、あの博士とかいうおじさんと似てるからやめた方がいいよ。」

「なんだ、お前だって思うだろ?さっきから色々試してみてはいるが、身体能力向上以外の願望は叶わない。それが何故か。」

 

 ここにいる3人は、見事に自身の身体能力の向上、つまりこのセカイの力に気がついたわけだ。しかし、それは初歩中の初歩でなかなか応用するまでには達しない。それでは力などないに等しい。せいぜい逃げ足が速くなっただけだ。

 反対方向に逃げたはずの2人がわざわざ戻ってきた。それには理由がある。しかし、互いに合流するとは思っていなかったのだろう。意図せず波澄の元へ集まってしまった2人の間には、嫌な空気が流れる。

 

「…それで?波澄ちゃんは何を考えてるわけ?ただ逃げてるルートではなかったよね。例えば…何かを探している。とか?」

「資料室には一日では読み切れないほどの書物があった。だが、そのほとんどはただの教養本。一般販売されているものばかりだった。それでも、なにか隠されているのではないかと思って片っ端から手分けして読んだが…」

 

 有坂の部屋で各自得た情報を共有し合い、結局資料室に向かったのは昼食をとった後だった。資料室には上から下まで全面に敷き詰められた本が並んでおり、その中のほとんどは一般教養の参考書であった。疑心暗鬼になっていた彼らはそれを全て確認しようとしたが、さすがにそれでは効率が悪い。

 気がついた時にはあくびが止まらなくなっていた。彼らの体はまだ幼い。眠気が襲ってきてしまったらそれに勝てるはずもなく、午後10時23分頃、彼らは就寝した。できる限りの覚悟と、戦闘服を身につけて。

 

「資料室で得た情報は、すぐに必要な部分しか共有出来なかった。各自まだ話していない部分は多かれ少なかれあるだろう。だからこそ、行動を監視する必要があるんだ。」

「皆考えることは一緒だね。あの2人は監視どころか自分を守ることすら出来ないみたいだけど。」

「何か出来ない原因があるのかもしれない。後で聞いてみよう。それよりも今は、波澄。お前が何を考えているのか教えてくれ。」

 

 共に連れ去られ、共に行動し、議論を交わしてきた彼らだが、その関係には何の感情もない。友達?仲間?そんなもの端から頭にない彼らは、目の前にいる人間を疑うことを止めない。全ての人間に、裏切り者であるという可能性を考えている。

 だからこそ平気で1人で逃げ出すことが出来るのだ。少しでも仲間意識があるのなら、躊躇うはず。今回のことでそれを再認識した波澄は、目付きを変えて2人を見た。

 

「私は、早く答えが知りたい。それだけだよ。」

「?」

「…どういう意味だ。」

「ここで死んでも、現実では何も変わらない。なら、逃げずに挑戦するべきだ。有坂くん言ったよね?もっと研究したいって。だったら、選ぶべきは逃げることじゃなくて立ち向かうことだ。」

「ちょっと待って、アレと戦うってこと?」

「うん。」

「それはやめた方がいい。この前の化け物とは何かが違う。今日はアレがどんな動きをするのか観察して…」

「観察したって、その間に襲われたら元も子もないでしょ。」

 

 波澄は、慌てる2人のことを無視して端に置いてあった壺の中へと手を突っ込んだ。一体を何をしようとしているのだろうと、2人が眉をしかめると波澄は壺の中から手を出した。そして、ニヤッと笑ってみせる。

 

「まさか…!!」

 

 彼女の手にあったのは、見覚えのある赤い石。2人がそれを視認したと同時に、さっきまで波澄が手を入れていた壺が跡形もなく消え去った。それどころか、周りの家屋も無惨な姿だ。

 あの赤い石には化け物が寄る。そんなことは分かりきっているはずなのに、そんな爆弾を持った彼女は一切表情を変えなかった。ギロっと光る化け物の一つ目が彼らを見る。

 

「観察したいなら、存分にするといいよ!」

 

 ヒラリと身をひるがえし、波澄は闇の中へと消えた。去り際に彼女が残していったのは、問題の爆弾だ。いつの間にか、手にしていた赤い石を有坂の方に投げていた。反射的にそれをキャッチしてしまった有坂は目を見開く。

 それを見た永田は、何か思いついたようだ。しかし、そんなことよりも爆弾を持って慌てふためく有坂が面白すぎてもう少し放っておこうと思った。

 

「あんのっ…バカ!!なんてものをっ…!!」

「あははははっ!!爆弾ゲームじゃん!!」

「ねぇだろ!そんなゲーム!!」

「え?」

「あ?」

 

 くだらない会話で一瞬時が止まる。普通ならここから議論が始まるのだろうが、今はそんな余裕がない。あまりの急な展開に、石を手放すという発想が頭から抜け落ちてしまった有坂はとにかく走り出す。

 背後の敵を警戒しながら、とりあえず動きやすい屋根の上まで移動した。面白がっている永田は少し離れたところから着いてきている。波澄の姿はどこにもない。

 

「助走始めたよー、気をつけてー。」

「りょーかいっ…!!」

「あはは、いい子じゃん。」

 

 テンパるとこんなにも従順になるのか、この男は。なんて思いながら化け物のケツを追いかけている永田。彼女は視界の隅で波澄のことを探していた。だが、裏路地を駆ける彼女は、なかなか見つからない。

 そんなことを数秒続けていると、屋根の終わりが見えてきた。次に見えてきたのは、何の変哲もない農地。このまま行けば、平和な田んぼに突っ込むことになる。

 

「なんて間の悪い…」

「有坂ー!ヘイ!パス!!」

「?……!頼んだ!」

 

 有坂から見て右後方斜め45度。そこにいた永田が手を伸ばしている。そこでようやく、有坂は石を手放すということを思いつき、永田の方へ思い切り石を放り投げた。永田はそれを器用にキャッチする。

 石が移動したことにより、化け物の狙いは変わった。そうすると、有坂は晴れて自由の身だ。こんなことをした犯人を探そうかとも思ったが、焦りの消えた彼の頭には1つの選択肢が思い浮かぶ。

 

「まさか、アイツ…」

「次はそっちに返すよー!!」

 

 彼の頭が働き始めたことを悟ったのか、永田は有坂の真横30mほど先を走っていた。そこから、必死に叫び、その声は辛うじて有坂に届いていた。声を合図に、化け物と2人は綺麗な三角形を描きながら移動した。

 

 化け物はその丸い体のせいか、攻撃をする前に止まってその場で数回バウンドをし、助走をつける。そして、トップスピードでこちらに突進する。それがヤツの攻撃パターンだ。

 その攻撃の途中、あまりはっきりとは分からないが微かに黒い煤のようなものがヤツの体から出る。また、突進した際に通った場所にクレヨンで書いたような線ができるのだ。

 

 そこから推測するに、ヤツは攻撃を仕掛ける度に自身の体を少しずつ削っているのではないか。そうでなかったとしても、連続して攻撃を仕掛けてこないところを見ると何かしらのペナルティがあると考えるのが妥当だ。

 そうすると、こちらからの攻撃手段がない限り、耐久戦に持ち込む他ない。そこでこの石の出番である。

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