第1章 5話

 それぞれに用意されていたかのような席につくと、五角形の机にちょうどよく一人ずつ座る光景ができた。こう見ると本当にここは彼らのために用意された場所なのではないかと思えてくる。

 その異様なフィット感も謎の1つに加えられ、彼らはさらに頭を悩ませた。1番警戒心が強そうな少年でさえもやつれた顔で机に肘をついている所を見ると、もしかしてあの悪夢を見たのは自分だけではないのではないかと少女は思った。

 

 その可能性を考えたのには2つの理由がある。まずはずっと怯えている少年。彼は確かに自分が手を引いたあの情けない彼と顔や表情、声も一致している。何よりも、一瞬目があった時に驚いた顔をして気まずそうに視線を逸らしたこと。少女の顔に見覚えがあるからこそ、そんなことをしたのだろう。

 そして2つ目は、あの偉そうな彼。あの人に指図する癪に障る声色は、気迫こそ違うがあの夢で聞いた声と似ていた。少女が合流してすぐに事実と現状を照らし合わせて推理する所や、考えることへの集中力。その能力があるからこそ相手の目的を正確に把握して対処することが出来たのだ。

 

(あくまで、夢の中の話だけど…)

 

 少女たちは夢の中で出会っていた?いや、そんなことがたとえあったとしても何になるというのだろうか。夢の中で確かに失った少女の腕は傷跡1つなくくっついている。体の疲労こそあれ、損傷は何もない。もしも…もしもだが、あれが夢だとして少女たちは同じ夢の中。夢という空間に入れられたとしたのなら…

 この非現実的な状況が、少女の悪い癖を加速させる。しかし、それを止めてくれる人などいない。少女の頭の中には有り得ない空想が拡がり、その主人公はもちろん自分。ここから紡がれるストーリーがどのようになるのか自分の思い通りに進んで行き、最後は綺麗にハッピーエンド。

 

 そんな最後を描く前に、少女はハッとして自分の小さな手のひらが目に飛び込んできた。どう足掻いたって自分は自分。現実は現実だ。でも、少女の頭には捨てきれない仮説があった。それに気がついた時、ふと前を向くと同じタイミングで頭を上げた偉そうな彼と目が合った。

 

(夢の中と、実験台…)

 

 駆け巡る仮説の途中でその思考を遮るように、中央にあった球体から何かホログラムのようなものが出てきた。その異変に驚くよりも先に、彼らはホログラムが映し出す映像を見た。それはこの現状には似つかわしくない日常の一コマ。

 とは言っても、バスが落石に巻き込まれたというあまり気分の良い内容ではないニュースだ。しかし、その原稿を読んでいるのは毎朝見る全国放送している局のアナウンサー。つまり、ここに写し出されているのは普通にテレビで流れているニュースということだ。

 

『14日午前5時半頃、○○県△△市で落石事故が発生しました。道路脇の斜面から巨大な岩が転がり落ち、走行中のバスに直撃。乗客のうち5人が死亡、3人が怪我をしたということです──────』

 

 ニュースでは、事故が起きた日付と時刻。そして、左上の方にニュースが放送されている時刻が表示されている。だが、この映像が録画であったり編集されていたりするものならばその情報でさえも信じていいのか分からない。

 何故、こんな映像が流れているのだろうか。あの球体はなんだ?5人全員がそれを見ているということは、どの方向から見ても同じ映像が見えるのかもしれない。もしくは、それぞれに違うものが見えているのかも。

 どこかから聞こえてくる音は1つだからそれはないのか。また気になることが増えていく。パンクしそうになる頭の中を整理しようとすると、今度は映像が消えて声だけが聞こえてきた。

 

『今のは、あなた達のせいで災いに巻き込まれた可哀想な人達です。』


 声が聞こえた瞬間、全員が同時にバッと顔を上げた。聞き間違えるはずがない。あの日、あの夕暮れに溶け込むような不審な声。ザワつく胸を抑えて呼吸を整える。声の主は、きっとどこかから彼らのことを見ているのだろう。僅かなイントネーションからでも分かる嘲笑うような醜い表情。ふつふつと湧き上がる嫌悪感が彼らにそんな想像をさせた。

 

『おはよう諸君。何も言わなくても集合するなんてさすがだね。優秀だ。』


 少年よりも偉そうな口調を、5人は眉一つ動かさずに聞いている。何を考えているのか分からない無表情で音が聞こえてくる球体を見つめる。さっきまであんなに楽しそうだった明るい少女もこんな時ばかりは静かだ。きっと彼女なりにこの男に思うことがあるのだろう。怯えていた少年も震えが止まっている。

 

『色々考えているところ悪いが、まずは自己紹介でもしよう。私は厄芽ヤクガの研究をしている。私のことは博士とでも呼んでくれ。君たちに声をかけ、ここまで連れてきたのは私だ。覚えているだろう?昨日の夕暮れ、誘拐すると言った不審者だ。』

 

 不審者だった自覚はあるのか…

 自らを博士などと名乗るあたり、さらに不審者感は増す。この男にとって、自分が何者であるのかはどうでもいいのだろう。それよりも気になるのは厄芽ヤクガという聞き慣れない単語。前の人生でもそんな言葉は知らない。

 

『さて、君たちが気になっているであろう私が君たちを誘拐した理由だが…君たちが夢だと思っているあの変な空間、災界サイカイに関係している。もちろん、私が先程研究していると言ったものもね。』

厄芽ヤクガってやつ?さっきからアンタの言ってること、何にも分かんないんだけど〜?」

『おや、君は私と言葉を交わしてくれるのか。珍しいね、今までそんな子はいなかったよ。』

「だって、アンタからは敵意を感じないもん。誘拐する犯罪者だけど、敵ではないでしょ?」

「だからと言って、話の通じる奴とは思えないがな。ただ、"今まで"という言葉から同じようなことをした経験があることが分かった。…アンタ、一体いつからこんなことやってるんだ。」

『まぁそれはそのうち分かるよ。答えを急ぐ必要はない。なぜなら、君たちはこれからしばらくそこで過ごしてもらうからね。』

 

 言葉の端々から、彼らに拒否権などないということが感じられる。最初から逃げることを考えていたわけではないが、手段がないというのは人を不安にさせて追い詰める。そんな中で明るい少女は、さっきまでの調子を取り戻し男に「しばらくってどのくらい?」と質問していたが『それは君たち次第だね。』となんとも言えない答えが返ってきた。

 

『それにしても君たちは、自己紹介もせずに推理を始めるなんてちょっと無愛想すぎないか?何事にも比較と考察は大切だよ。』

 

 そう言われてみれば、確かに彼らはお互いの名前を知らない。気にしていたのはここがどこか、これからどうなるのかだけ。名前なんて知らなくても問題ない。というか興味がない。

 顔や雰囲気、体つきから年齢を予想できるだけで良かったのだが、男はそれが嫌らしい。顔を見合わせる子供達とは裏腹に、男は不満そうに説教を垂れた。それに気を悪くしたのか、少年が食ってかかる。

 

「…そういうあなたの名前は?」

『私は博士だよ。』

「呼び名ではなく本名を聞いています。まさか、ないとは言いませんよね?」

『それは君たちが諦めなければいつか分かるよ。何でもかんでも人に聞くのは良くない。でも、こんな状況でヒントがないのも可哀想だからね。少しだけ説明してあげようか。』

 

 少年の随分とイラついた様子に違和感を覚えながらも、再度球体が映し出した映像に目を向ける。するとそこには、先程までのニュースとは打って変わって、非現実が映っていた。

 空のない真っ暗な空間に本来は同じ場所にあるはずのない建物。そこは確かに夢の中で見たあの異空間だった。

 

 自然と右腕に手が伸びる。夢のはずなのにあの痛みと苦しみが脳裏に蘇って、恐怖が押寄せる。チラッとあの子の方を見ると彼の顔色は真っ青だった。他3人もそれぞれ何かトラウマがあるようだ。

 そして、その映像とは別に浮かび上がったのは見覚えのある赤い石。あの時少女が投げた、ポケットの中にあったあの石だ。結局あれがなんだったのか予想がつかなかった。ここで答え合わせができるのならありがたい。だが、男が素直に正解を教えてくれるわけがないと勝手に決めつけた。

 

『前提として、君たちは五重奏クインテットという言葉を知っているかい?』

 

 そんな問いかけから、男は嘘のような架空の話を繰り広げた。

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