第1章 3話

 それならばやる事は1つ。化け物とは反対方向、つまりはコイツが通ってきた道を戻ることが最善策。本当に一か八かだが、やってみる価値はある。そんなことを考えている間に、化け物は次の建物に目をつけたらしい。

 大きな足の割には俊敏な動きで屋根から屋根へと移動している。少女は既に崩れた目の前の家屋に向かって走り出そうとした。が、見たくもないここでの唯一の人間?に目がいってしまう。少女は盛大にため息をついて前髪をグシャッと上げた。

 

「来て。」

「…え?」

「いいから立って!怖くて動けないとか私に関係ないから!!」

 

 しりもちをついている彼の手を引いて無理やり立たせる。彼が困惑してるのも躓いて転けそうになるのもお構い無しに瓦礫の上を走り抜ける。本当は関係ないはずなのだ。

 こんな所で知らない人が死ぬことなんて関係ない。自分だけ逃げればいい。だけど、さすがに1度声をかけた責任というものを感じてしまった。なんとも自分らしくはないが、人としては正しい道なのだろう。そう納得させて走り続ける。これで読み通りならあの化け物はもうこっちに…

 

「避けろ!!」

「へ?」

 

 振り返らずにただ走っていた彼らの耳に知らない声が聞こえてきた。その切羽詰まった声の意味を理解する前に顔面スレスレを何かが通り過ぎて行った。その衝撃と突風で彼らの体は宙を舞い、瓦礫に思い切り体を打ちつけた。

 痛みと衝撃で上手く呼吸が出来なくなった彼らは咳き込む。そして、揺れる視界の隅に微かに映っていた先程の化け物の姿を確認する。

 声をかけてくれたのが誰なのか、そもそも人間なのか、確認したいがそれどころじゃなさそうだ。まずは、当ての外れた現状をどうしかしなければならない。もうピンチなのかどうなのかすらも分からなさすぎて笑えてくる。サーっと血の気が引くのとは裏腹に口角は何故か上がってしまう。すると、さっきの声が聞こえてきた。

 

「ポケットの中のもん投げ捨てろ!」


 それがどういう意味かなんて考える前に、少女は両手で自分の服にあるポケットを探った。その時、ズボンの右ポケットに何か石のようなものが入っていることに気がついた。化け物のことを警戒しながら、少女はそれを取りだしてみる。

 そこにあったのは赤く輝く宝石のようなもの。特に加工されていない原石のような見た目をしている。チラッと隣を見ると、彼はまだ苦しそうに息をしていた。

 

「ヤツの狙いはそれだ!!」

 

 そんなことを言われたって姿も見えない声を果たして信じていいのか。しかし、そんなことを言っていられる状況じゃない。やれることは何でもやる。これ以上の対策が思いつく訳でもないし、やって損は無い。

 少女は手に持ったそれを投げようとした。すると、化け物の体がこちらに向く。さっきの移動スピードを思い出し、命の危険が迫っていることを本能で感じる。少女は何も考えずただこの場をどうにかしようと思い切り石を遠くに投げた。

 幼い子供が投げた石が遠くに飛ぶはずもなく、少しだけ空を舞ったかと思えば、すぐに姿を消した。代わりに化け物の口が石を包み込む。

 同時に辺りにあった瓦礫の山も飲み込んでしまったようだ。それを見た少女はとても驚いたが、化け物が求めているのは自分が持っていたあの変な石だったということが分かった。それさえ分かれば狙われることはなくなる。少女は、隣で放心状態になっている彼に声をかけた。

 

「あの変な石…あれを手放してください!」

「あ、は…はい!」

 

 少女の言葉にようやく正気を取り戻した彼は、震える手でポケットを探し始めた。だが、動揺した人間の手は思うように動かない。ポケットに手を入れようとするが、上手く入らずに空振りするばかり。

 そんな様子を見た少女は化け物の動きを確認する。化け物は、頭から突っ込んだ瓦礫の山からなんとか這い出し、次の狙いを定めているところだった。このままでは、角度的に自分まで巻き込まれる。そんなの絶対に嫌だ。かと言って解決策を提案しといて放置というのも後で彼に恨まれそうだ。

 

 動かない手はどうしようもない。少女は化け物から視線を外し、彼のポケットに手を入れた。そこには、感じたことのある硬い感触がある。それをとにかく遠くへやらなければ…そう思うよりも先に体が動く。しかし、そのスピードよりも化け物の動きの方が速かった。

 

「…!!」

 

 少女の手から離れた石。その距離はたったの数十cm。化け物の口はその何百倍もある。少年の見開かれた目に映っているのは、右腕を暗闇に呑まれた少女と花火のように飛び散る赤いナニか。そして、彼の体は少女のもう片方の手によって押しのけられている。

 少女を隔てて見える化け物の姿は本当に真っ暗でそこに存在しているのかどうかも分からなかった。しかし、確実にソイツはそこにいる。妙な石と少女の腕を呑み込んで満足そうに笑っているような気がした。

 

 

 時間が止まった彼らを無視して、化け物はまたどこかへ行ってしまった。呆然としている少年の足元で少女は自身の肩から溢れ出る液体を押さえて蹲っている。声どころか呼吸することも出来ずに、大きく目を見開いて汗か鼻水かよだれかも分からない液体を顔から流しながらパニックに陥っていた。

 感じたことのない衝撃に少女は何をしたらいいのかも今まで何をしていたのかも分からなくなる。ただあるはずのものがないという事実。これからどうなるのかという漠然とした不安だけが襲ってくる。

 

 そんな悲惨な状況など我関せずな化け物がまた大きな音を立てて進んでいく。もう何も見たくない少年少女とは裏腹に、謎の声の主は化け物の後を追った。そこで衝撃的なものを目にする。少女が腕を失った数分後。真っ黒な天井がゆっくりと下がっていき、そのままそこにあった全てを呑み込んで最後には何もなくなった。

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