残虐非道を尽くした魔王と村娘の話

超人間不信

第1話

 ―――俺は勇者に敗北した。


 熾烈な剣と魔法での空中戦の末、聖剣に胸を貫かれ、喉を裂かれて、地面に叩き落とされ命を落とした。

 微塵も負けるとは思っていなかった。屈辱的な敗北だった。


 ―――まさか、「保険」を使わされることになるとは。


 全ては、魔族の連中が俺を裏切り、孤軍奮闘で戦わざるを得なくなったせいだ。

 反旗を翻し襲い来る魔族の悉くを殺し、勇者の仲間を殺し、消耗されられた俺は長い戦いの末死ぬことになった。アレらがきちんと俺の駒として動いていれば、たかが勇者なぞに負けることはなかっただろう。

 無論、魔族の連中がの俺を疎ましく思っていたのは知っていた。だから力を見せつけ、非道を尽くし恐怖を植えつけたと言うのに、どうやら絶対的な支配にはまだ足りなかったらしい。

 何にせよ、「保険」をかけておいて良かったと思う。


 俺は予め、自分に対して魔法をかけていた。

 生涯一度しか使うことができず、魔法をかけられた者が死亡した時に一度だけ発動し、代償を支払うことで対象を死から蘇らせる「不死鳥の呪い」―――魔法の域を越えて、禁術に指定されるものだ。

 常人が使えば、代償が大きすぎて廃人と化すか生きたまま地獄を味わうか、どちらにせよ実用には程遠い禁術。

 気が遠くなるほどの長年の研究で代償の軽減に成功し、それでも代償として膨大にあった魔法の源である魔力を完全に失ってしまったが、おかげで俺は死から這い上がることができた。

 そして、今は―――。


「―――マオ! トマコの実の収穫手伝ってよ!」


 業腹なことに、人間の小娘の子守りをさせられている。

 魔力が枯渇し、まずは魔力を取り戻す小目標を立て身を隠しながら森の中を三日三晩さ迷い続けた俺は、数日前に人間たちの営む小さな農村に辿り着き、そこに拾われることになった。

 当然なことではあるが、魔王だと言うことは知れていない。魔王は討たれた事になっているし、一見して俺は人間と何も変わらないのだ。


 マオ、と言うのは安直な偽名だ。

「魔王」だから一文字取って「マオ」。何の捻りも意味もないが、元より名前なんてないに等しいものだ。拘りはない。

 とにかくそう言った経緯で人間の辺鄙な農村にしばらく身を置くことになったのだが、そこでやたらと懐いてきたのがこの小娘だった。


「ねー、マオ聞いてる? トマコの実―――」

「俺はやらん」

「まーた言ってる! 働かない人はご飯食べちゃ駄目なんだよ! それにマオって何でそんな偉い人みたいな話し方なの?」


 本当は貴族とかなんでしょ、と喧しく囀ずりながら、小娘は一つに纏められたトマコの実のように赤い髪を揺らして俺の周りを跳ね回る。目測十歳にも満たない餓鬼だ。

 小娘は俺が村に辿り着いた時から、ずっと俺の周りをチョロチョロと動き回り、喧しく質問ばかりして来て、行き場がないなら村に居ればいいと言い出したのも小娘だった。

 俺は煩いものは嫌いだし、無礼な者も嫌いだ。よってこの小娘は本来であれば死罪としている所だが、小娘を殺せば現在唯一の活動拠点すら失う始末になるのは分かっている。

 そして何よりも―――この小娘は側に置いて観察すべき、奇怪で不可解な存在なのだ。


 原則、人間には魔法を扱うための魔力が備わっていない。

 魔力と言うのは魔族の特権だ。だから人間が魔法を使うには、大気中の魔力が結晶化した魔結晶と、その魔力を己がものとして使うための魔導具を必要とする。

 だと言うのに。


(―――この小娘からは魔力を感じる)


 魔結晶を身に付けている様子はない。

 魔法を行使しているところを見たこともない。

 が、小娘からは溢れ出る魔力を感じるのだ。それも微々たるものではない。

 魔族の特徴である異色の肌でもなく、魔力を作り制御する器官である魔角も生えていない、純然たる人間のはずの小娘から。

 まさか俺と同じなのかと考えたが、この小さな農村にそんな知恵や技術があるはずもない。そもそも、あれは俺以外知り得ないものだ。

 他に心当たりがないこともないが―――いずれにせよ観察検証が必要だ。


 そして、不可解と言えばこの村もそうだ。

 村中の至る所から魔力を感じる。

 元々、この村に辿り着いたのは魔力の感覚を追って来た結果だ。つまり他の場所よりも濃厚に、強い魔力を感じたと言うことだ。

 とは言えこの場所の魔力自体が特別多い訳ではなく、魔結晶を豊富に抱え込んでいるのが魔力を感じる原因のようだ。そもそも、そこが可笑しな点である。

 土地的には特別な魔力量はなく、小さな農村であるのにも拘わらず、何故か希少で価値の高い魔結晶を豊富に抱え込んでいる村。人間なのに魔力を保有している村の娘。

 その疑問の答えを突き止めるためにも、仕方なく小娘の無礼を良しとしているが、


「貴様の方こそ、俺に対し不敬だとは思わないのか?」

「ふけー? 何それ?」

「その口の利き方も態度も、全てが俺に対し礼を欠くと思わないのかと言っている」

「え、別に。マオって偉そうだけど何かおじいちゃんっぽいって言うか……それに今は村に居候してるんだから、お手伝いするのは当たり前じゃない?」

「命知らずで愚かな小娘め」


 小娘を睨め下げるも、小娘はケロリとした様子で笑うと、


「ってゆーことで! トマコの実獲りに行こうよ! そんでさ、獲れたてのやつ一個味見しよ! すっごい美味しいんだよ!」


 強引に腕を掴み、俺を畑の方へと引きずって行く。

 畑には既に村の人間が数人作業をしており、俺と小娘に気づくと手を止め、各々に歓迎の挨拶をされた。

 それから、小娘に近くにあった籠を押し付けられる。小娘はテキパキとトマコの実を俺が持つ籠の中に放り込んでいった。

 俺を引き摺り回すどころか荷物持ちにさせるなど、本当に命知らずな小娘だ。

 跳ねるトマコ色の髪を睨んでいると、不意にそれが振り返って、今まで見ていたものと同じ赤いものを眼前に突き付けてきた。

 太陽光を反射して輝くトマコの実。その向こう側から満面の笑顔を覗かせた小娘は、手に持ったそれを更に俺の眼前に近付けた。


「はい、これ! 食べて良いよ!」

「要らん」

「食べて! 美味しいから!」

「要らんと言っている」

「ううー! 食べてよー!!」


 小娘は不満げに頬を膨らませ、地団駄を踏んでぐいぐいとトマコの実を押し付けてくる。

 不要と言っているのに意味の分からない餓鬼だ。否、餓鬼だから意味不明なのか。餓鬼とはそう言うものだったような気もする。

 苛立ちを隠さず溜め息を吐くと、そのやり取りを端から見ていた村人の一人が朗らかに笑い、


「おー、それ一生懸命育ててたトマコだもんなぁ。兄ちゃんに食べて欲しいんだよなぁ」


 そしてチラリと伺うように俺に目線を向けてくる。

 縋るようなその目線の意図としては「食べてやってくれ」と言った所だろうか。この小娘が育てたからと言って何故俺が食べなければいけないのか。

 しかし今は気に入らないからと殺す訳にもいかず、その手段もなく、このままギャーギャーと騒がれるのも堪ったものではない。

 俺は渋々差し出されたトマコの実を受け取り、小娘の期待の眼差しを受けながらそれを口に入れることにした。


「どうっ? おいしいっ?」


 トマコの実が咀嚼されたのを確認して、小娘が目を輝かせながら上身を乗り出す。

 果汁が溢れ舌に酸味と甘味が広がるが、それだけだ。特別に感じるものはない。


「特別美味くはない。普通のトマコの味がするだけだ」

「…………ふぇ」


 小娘の眉間に精一杯に寄せられた皺が集まり、真っ赤になった頬が膨らんでいく。そして何より、目線の下がった大きな空色の瞳は大粒の涙で濡れていた。

 嫌な予感がして思わず少し後ずさったのも虚しく、次の瞬間に「びえええええっ!!!」と轟いた咆哮のような小娘の泣き声に、耳を潰されることになった。

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