第3話

「おかえり、こっちこっち」

隣の部屋に通されると、2つシーツが並んでいる。恐る恐る入った時の、シーツが肌に纏わる気持ち良さが今は辛い。

「電気はどうする?真っ暗派?明かりちょっと欲しい派?」

「明かり、欲しいかもです、」

「オッケー、じゃあおやすみ」

「おやすみなさい…」


 由希さんの匂いのするちょっと大きめのシャツ、布団。最近の多忙な生活。目が何度も閉じようとする。でも、「おねしょ」が頭をよぎる度に、心臓がドクッと高鳴って、踏みとどまれるのが救い。


「凛くん、寝れない?」

何度寝返りを打った頃だろうか。少し掠れた由希さんの声。

「すみません、起こしちゃいましたか…?」

「ううん、まだ寝てない。そっち行ってもいい?」


(うわわわわ…)

俺の布団に、由希さんがいる。大の男二人だから、それなりに密着度が高い。

「凄い心臓早いね」

「聞こえてるの、ですか…?」

「うん。でもほら」

俺の手の平を由希さんの胸板に押し付けられる。

「どくどくいってる…」

「でしょ?俺もさ、隣に凛くんいるの、何か落ち着かなくって。お揃いだ」

「そう、ですね」


「凛くんは朝はご飯派?パン派?」

「ご飯派です、かね…」

「じゃあ明日はご飯と卵でも焼こうかな」

由希さんの息が俺の髪の毛にかかる。それがなんだかゾクゾクして、でも気持ちよくて。会話という一つの動作をしているはずなのに、また、眠くなってしまう。

「凛くんの髪サラサラだぁ。俺癖毛だから羨ましい」

「俺はそのふわふわの、好きでしゅ…」

「ほんと?うれしい」

人に頭を撫でられるのって、何でこんなに気持ちが良いんだろう。うるさかった心臓も落ち着いて、慌ててあの4文字のワードを思い浮かべるけど、それもだんだん効果がなくなって、どんどん目が閉じていく。寝ちゃダメだってば、俺の体。本当に、お願いだから、、、





 目を開けるといつもの風景とは違う。

あれ、俺、そうだ、由希さんの家で…

「っ!!!!」

寝ぼけた頭が覚醒する。震える手で自分の股間をなぞらえるが、運良く濡れていなかった。

(よかった…まじで…)

全身が気持ち悪い汗が纏わりついている。時計を見ると12時半。まだ、1時間も経ってない。由希さんの寝息で髪の毛が揺れる。撫でてくれた手は俺の頭の上のまま。

(とりあえずトイレ…)

そっと布団から抜け出し、部屋を出た。


3分もかからない用を足し、することが無くなる。布団に入るのが怖くて、リビングの床に座り、スマホを弄る。いつも見ている動画も、SNSも、全く面白くない。

「おねしょ、治し方」

小さく呟きながら、何度調べたか分からない検索をかける。

『寝る前にトイレに行く』

(やってるし…)

『カフェインを摂らない』

(ちゃんとやってるし…)

全部、試したのに。何で治らないんだろう。これが無かったら、もっと早くお泊まりしてたし、ご飯だっていっぱいおかわりしたのに。もっともっと楽しい気分でいられたのに。

(なんで、俺だけ)

なんだか急に虚しくなって、涙が浮かぶ。恋人の家に来てるのに、1人でこんなところにいる自分が、情けない。

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