ヤンデレ的ラブコメは成立するのか? ~学園一の美少女をヤンデレから助けたら妙に懐かれた話~

呵々セイ

第1話:目覚めと美少女

 キラキラした飾りでいっぱいの室内。底抜けに陽気な音楽。


 食卓には大きな苺がたくさんのったホールケーキがそびえ立ち、ロウソクが8本ささっていた。


 ケーキの中央には「Happy Birthday Hinata!」の文字があしらわれたプレート。


 そんな晴れやかな日に、主役であるはずの俺は母に強く抱きしめられていた。


「大丈夫……ッ……大丈夫だかんな、陽向」


 苦し気に、でもニカッと笑って語り掛ける母の力はどんどん弱くなっていき、床は真っ赤に染まっていった。


 ノイズとともに、場面が切り替わる。顔の半分がしっとりとした黒髪で覆われている女が、そこにはいた。


 グチャリ、グチャリと、鉛色の刃物が母の温もりを残した肉片を抉る。その音に合わせて、深紅がますます広がっていくのだ。


「よいしょっ、と」


 女がこっちを向いた。黒い霧があたりに立ち込める。


 近づいてきた。口裂け女じみた笑みを浮かべて。


「ふふ、大丈夫よ、私の可愛い坊や。もう怖くないわ。さぁ、お母さんのもとへいらっしゃい。素敵なお誕生日にしましょう」


 そう言いながら女は俺を抱きしめてきて、そこで目が覚めた。



「っ⁉ はぁ……はぁ……」


 薄暗い室内を、カーテンから漏れた白い光が照らす。小鳥の冴えずりは、一日の始まりを祝しているかのようだ。俺の空模様もお構いなしに。


「クソが……ご機嫌斜めだな」


 悪態をつきながら、俺は寝床から身を起こす。その時、ふわりとした優しい香りとともに、語り掛けてくる少女がいた。


「おはようございます、陽向さん」

「……巡か」


 ベッドに身を乗り出し、憂い顔で俺を見つめる少女の名は地迷巡ちまよいめぐり。この任務に就くまで異性とのかかわりは少なかったため、基準はいまいち分からない。


 だが、地迷巡は思わずこちらが気後れするほど美しかった。世界中の人形職人が一生をかけても作り出すことのできない、完成された美貌である


 では、彼女は俺にとっての何者か?


 家族? 違う。


 幼馴染? おとぎ話じゃあるまいし。


 ご友人? 何とも言えない。


 恋人? 勘弁してくれよ。


 一言で表すならば、彼女はこの俺、病喰陽向やみぐいひなたの護衛対象である。


「うなされていましたが……大丈夫ですか?」

「問題ない。あるとすれば、それはお前だ。巡」


 俺は対ヤンデレ特務局の特務員として、この女をヤンデレから守り抜かなければならない。


 まったく。上は何を考えてやがる。人手不足のこのご時世、少女一人に割く時間などないだろうに。これが大人の事情ってやつなのかね。


「なんでお前がここにいる? 俺が自宅に迎えに行く手筈だろうに」

「だって、家は……」

「……そうだったな。悪い」


 巡は健全な企業たる大手製薬会社、ケミカルビットの一人娘。いわゆる社長令嬢だ。普段は豪邸に住んでいるが、あそこではいろいろあった。爺やさんがいるとはいえ、一人では心細いのだろう。


「何はともあれ、起こしてくれて助かる。うんざりする夢を見ていたからな」

「陽向さんの力になれたなら、私も嬉しいです♪」


 先ほどの憂い顔は霧散し、嬉しそうに微笑む地迷。さらに身を乗り出し、すり寄ってくる。朝っぱらから俺の部屋に侵入している点はいただけないが、彼女の強引さに救われたも事実だ。


「ささ、着替えてください。お義父様が朝食を準備していますよ」

「……何かニュアンスが変じゃなかったか?」

「気のせいです」


 何食わぬ顔で巡は部屋のクローゼットを開けはじめた。鐘岬高校の制服を一式、取り出している。


「気を使ってくれるのはありがたいんだが……出て行ってくれるか? 着替えられない」

「お構いなく」

「構うんだな、正直よ」


 だが巡は制服を持ったまま、俺を壁側に追いつめてくる。その顔はどこか赤く、高揚しているようだった。


「大丈夫ですよ。私がお手伝いしますから。さぁ、身を委ねてください?」

「待て待て待て! 目ぇキマッってんだよお前⁉ 寝起きだってのに声を出させるな!」

「怖くないですからね。私は陽向さんに恩返ししなきゃいけないんです!」

「それが怖ぇって言ってんだ! いいから出てけっ!」


 自分の制服だけ奪い取り、俺は巡を強引に部屋から押し出す。念のために机を扉の前に寄せ、バリケードも築いておいた。


「なんだ、距離感ってのはアレが普通なのかよ?」


 ボヤキながら、俺は制服に着替える。視線を落とすと任務で刻まれた傷、そして調整跡が飛び込んでくる。


 苦い記憶を噛みしめながら、身支度を整えた。仕上げに特務員の標準装備であるスタンナイフとスタンハンドガンを、服の内側に忍ばせる。


 地迷邸でヤンデレを撃退して以来、巡には妙になつかれている。それ自体に悪い気はしないが、その距離感の近さには戸惑うものがあった。


「準備よし……行ってきます。母さん」


 勉強机の上に立てかけた母の写真に別れを告げて、俺は鞄とともに一階へと降りた。


 今日も一日が始まる。


 地迷巡の護衛のため、そして増加の一途をたどるヤンデレ犯罪の原因を探るために。


「ヤンデレは全て収容する。穢れた恋の成就など、決してさせるものか」


 

 憎悪と決意を新たに、俺は一歩、踏みだした。第二次企業冷戦の終わりは見えず、不信と病みが分断を呼ぶ、倫理感が希薄となった2043年の日本社会に今日も身を投じる。


「あ、着替え終わりましたか?」

「うおうっ⁉ なんだ巡、まだ降りてなかったのか?」

「衣擦れの音を聞かなければ、私の朝は始まらないですから。さ、行きましょう?」


 やれやれ、せっかく暗い気持ちに浸っていたというのに。これでは格好がつかないというものだ。


 仕方なく、俺は巡と共に一階に降りるのだった。

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