第85話 合同型依頼

 B級冒険者になったミズトは、今までのように報酬だけを目安にして精力的に依頼を受けるようなことはなく、かなり絞り込んで受けるようになっていた。

 一つ一つの報酬が高額になり生活にゆとりが出来たというのもあるが、どちらかというと依頼の内容的に気が乗らない方が大きかった。


 B級冒険者はエシュロキアではミズトただ一人。フェアリプス王国全土で見ても数組しかいないという話だ。

 それもありB級向けの依頼は対象地域がどれもエシュロキア周辺ではなく、王国全体もしくは他国まで含まれており、その内容は、騎士団と協力しての砦守備、強力なモンスターの討伐、未開の地の探索、伝説の魔獣の調査、失われた秘宝の捜索などと、ミズトには面倒に思えるようなものばかりだった。


 一日や二日で達成が難しい内容なのは仕方ないとして、せめて町から離れるのは勘弁してほしかった。

 前世とかけ離れたこの世界でも、出来る限り快適に過ごしたいのだ。


 エデンに言わせると、冒険者なのだから冒険のような依頼になるのは当然で、町中だけで稼いで生活したいのなら、商人を目指す方が良いとのことだった。

 冒険は好きではないが接客も好きではないミズトは、自分の目指す方向性を見失っていた。



 そんな、ただの惰性のような生活を一か月ほど続けていると、冒険者ギルドの受付ベティが、いつもと違った調子で依頼を紹介してきた。


「ミズトさん! これ見てください! 珍しく合同型の依頼が発生しました!」


「合同型ですか?」

 ミズトはベティが差し出した依頼書に目を向けた。


 依頼名:≪合同≫テルドリス遺跡の古代種討伐

 地域 :フェアリプス王国 王都ルディナリア

 階級 :B級以上

 報酬 :1,000,000G以上(貢献度により変動)


「そう、合同型です! 依頼名の頭に≪合同≫と付いているのは、複数のパーティが協力して実施する依頼なんです!」

 ベティは楽しそうに言った。


(そういえば若い頃にやったMMORPGでも、何とかボスっていうのがあったな)

「B級以上でも一つのパーティでは倒せないほど強いってことですね。なぜ地域が書いてあるのですか?」


「この依頼書は、ここエシュロキアの冒険者ギルドだけではなく、フェアリプス王国周辺の国々にある冒険者ギルドでも同じ募集がされています。ですので実施される地域が分かるようになっています」


「王都ルディナリアまで行く必要があるってことですか」


「はい、その通りです! ただ、各支部で受付はしておりますので、受付が受領されたら、ミズトさんには王都ルディナリアへ移動してもらいます」


「…………いえ、やるとは言ってないです」


「やらないのですか!?」

 ベティは驚いたように机を叩いて言った。


(なんでやることになってんだよ……)

「とくにやるつもりはございません。ここから王都はかなり離れていますよね?」


「王都ルディナリアまでは、正規ルートで歩けば一か月近く掛かります。しかし、王都とエシュロキアには定期船がありますので、それに乗れば三日で済みます!」


「そうですか。たしかに王都には少し興味がありますが、まだやめておきます」


 ミズトはエシュロキアで冒険者をやっていることに深い意味は無い。

 たまたまエデンが勧めただけであって、王都に移っても別にいいのだ。いや、むしろ他の異界人いかいびとがいる話を聞いてからは、行ってみたい気持ちも芽生えていた。


 しかし、それでもミズトはここを離れることを戸惑っていた。

 少しだけ心残りがあるのだ。


「なぜそこまでその依頼がお勧めなんですか?」

 ミズトは、いつもより強めに勧めるベティの態度が気になって訊いた。


「ん~、そうですね、この町でただ一人のB級冒険者ミズトさんには、できればこの町にいてほしいです。私がB級冒険者の専属担当なんて夢のようです。でも、依頼書を見ていてお分かりだと思いますが、この町にB級冒険者向けの依頼はあまりありません。B級までになった冒険者は、一つの町だけではなく、この国全体、いえ世界規模で活躍すべき方々です。すでに伝説の冒険者になりつつあるミズトさんには、こんなところでC級向け依頼ばかりやっていないで、旅立ってほしいのです!」


「はあ……」

(しまった、B級は失敗だったか)


「それに、合同型は貢献次第でA級へ推薦してもらえますので、ぜひ挑戦してもらいたいと思ってます!」


「なるほど、お気遣い感謝しますが……」

(あまり面倒なことはしたくないし)


【ベティさんはミズトさんを思っての発言です。たとえ限定クエストが発生していなくても、ここは一つ大きな選択をしてもよいかと思います】


(いや、だから……べつに冒険者として活躍したいわけでもないと何度も……)

「申し訳ございません。魅力あるご提案でしたが、今回は辞退させていただきます」

 ミズトは現状維持を選んだ。


 ミズトに静かに断られると、ベティは残念そうな顔をしながら合同型の依頼書を引っ込め、代わりに通常の依頼書を差し出した。



 そのやりとりがあってから一か月後、ミズトの選択をくつがえしてくる人物が現れた。


「ミズト、やっと見つけたわ。久しぶりね」

 ハイエルフのセシルがミズトを訪ねて来た。

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