第64話 小さな再会

 ある日、ミズトは冒険者ギルドの依頼を受けない日を作った。

 肉体的には疲れることがないのだが、精神的には休息が必要だ。そう考えて、丸一日休むことにしたのだ。


(と言ってもやることないけどな)

 大通りを歩きながら、ミズトは暇を持て余していた。


【この町に娯楽のようなものはございません。親しい友人と飲み食いすることが一番の娯楽と言えるでしょう。友人のいないミズトさんは、色々なお店を回ってみるぐらいしかありません】


(相変わらず何か引っかかるな…………。一応、そのつもりで来てはみたんだが)


 冒険者らしく、武器や防具が売っている店を何店か入ってみたのだが、買い替える理由もなく、大して楽しんでいなかった。

 しいて言えば、これだけ広い町なので、行ったことのない飲食店をいくつも見つけたのが収穫だった。

 今も昼食として、見つけたばかりのパン屋で買った焼き立てのパン食べているところだ。


「邪魔だ邪魔だぁ! 道を空けろぉ!!」


 突然、怒鳴り声を上げながら、かなりの速度で馬車がミズトを追い越していった。

 危なくパンを落とすところだった。


(チッ、あれってこの前の)


【はい、以前も衝突しそうになった大商人の馬車になります】


(やっぱ同じか…………!?)


 ミズトは黙ったままマジックバッグからエレメントリウムの杖を取り出し、声を出さずに『ストーンバレット』を使用した。


 ガンガンガンガン!


 ミズトが放った四つの小石が、馬車の車輪を四つとも破壊した。


「なっ!? なっ!?」

 馬車から放り出された御者ぎょしゃが、慌てて立ち上がった。


 突然響いた大きな音に、町の人たちは立ち止まって様子を見ている。

「なんだなんだ? 凄い音したな」

「なんか急に馬車が壊れたらしいですよ」

「あの馬車っていつも偉そうにしてる……」


「貴様ぁ! 何をやっておる! しっかり操作しないかぁ!!」

 馬車の中から、大商人というより悪徳商人と言った方が似合っている、太った中年男が現れた。


「も、申し訳ございません、旦那様! 突然車輪が壊れたようでして」


「このバカモノがぁ! いつもしっかり整備しろと言ってるだろぉ!!」

 中年男は御者ぎょしゃを平手で叩いた。


「し、しかし……」


「しかしもクソもあるかぁ!!」

 更に一発叩く。


「ヒッ!? 申し訳ございません! すぐに修理いたしますのでお待ちください!」


「バカモノが! すぐに直るわけないだろ! わしは歩いて帰る! 貴様は修理してから戻ってこい!!」

 中年男は、そう理不尽な言葉を残して、偉そうに歩き去っていった。


(自業自得だな。今日は人通りが多いんだ。あんなスピードで走ってんじゃねえよ)

 ミズトはその横を何事もなかったように通り過ぎた。


【さすがミズトさんです】


(…………)


【ダニエル君とボニーちゃんを救ったのですね】


(は? 何言ってんの?)

 馬車の行く手方向に、ダニエルたち兄妹の歩いている姿が見えた。


【あのまま行っていたら、お二人が危険だと判断されたのですね】


(だから、そんなんじゃないって)


【ミズトさんがそうおっしゃるなら、それでも構いません】


(ったく……。ん? あれは……)


 そんなダニエル兄妹に、誰かが話しかけているようだった。

 最初に会ったとき以来、話したこともない町の人気者ニックだ。


 あれは初めて『エシュロキア』に入ったとき、スリをしようとしたダニエルを捕まえたところで、ニックに声を掛けられたのだ。

 たしかニックとダニエルは知り合いのように見えた。


 偶然会って話しているようなのだが、二人が言い合いをしているように見えて、気になったミズトは声が聞こえるぐらいまで近づいた。


「ダニエル! いつまで強情を張るんだ!」

 ニックはダニエルの肩に手を置いた。


「うるさいな! いくらニックの兄ちゃんの頼みだからって、俺たちは行かないからな!」


「何故だ!? ボニーちゃんがいるんだ、今のままって訳にはいかないだろう!?」


「うるさいうるさい! 俺たちは大人の世話なんかになるもんか!」

 ダニエルはニックの手を振り払うと、ボニーの手を掴み走り出した。


「じゃあね、ニックお兄ちゃん!」

 ボニーは二人の言い合いを気にする様子もなく、ニックに笑顔で手を振りながら、兄ダニエルについて行った。


「ダニエル……」

 ニックは何か辛そうな表情をしている。


 この町でトップパーティの冒険者ニックと、スラム街に住む幼い兄妹。ミズトには不思議な関係に見えたが、あまり深入りはしたくないので、聞かなかったことにしようと知らぬ顔で歩き出した。


「キミ! 変なところを見られちゃったみたいだね!」

 ニックがミズトに気づいて声を掛けた。

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