大追跡(2)

 わたしと真珠ちゃんは、下駄箱のあたりでゆにちゃんたちに追いついた。

 ウーさんの姿はない。逃げ切ったんだろうか。


 思わずほっとした瞬間、真珠ちゃんが言った。

「メイズさん、メイズさん。ウー・ユーシャンに追いつくには、どこに行けばよいですか」

 カリカリカリカリとリューズを鳴らして、さっと文字盤を見る。

「自転車置き場へ! 徒歩のウーさんに追いつくなら、そのほうが確実です!」

 真珠ちゃんの命令を聞いて、ゆにちゃんたちはふたたび走り出した。わたしも、上履きのまま自転車置き場に引きずられてゆく。

 今ここにいる五人は、わたしも含めて全員が自転車通学だ。転校してしばらくは歩きだったわたしも、最近、真珠ちゃんたちに勧められて自転車に乗るようになっていた。

 真珠ちゃんは、わたしを自転車に向けて突き飛ばすと、低い声で言った。

「深月ちゃんも働いてください。ウーさんを逃がしたら……わかっていますね?」

 言われた瞬間、頭の中心がジンとしびれたようになった。だめだ。逆らえない。

 同級生のことをこんなに怖いと思ったのは、生まれて初めてだ。

 真珠ちゃんは、なんとしてもウーさんに万引きをやらせるつもりだ。きっと目的は品物ではなく、ウーさんを支配すること。自分の思いどおりに動かない人間がいるのが、真珠ちゃんには許せないのだ。


 真珠ちゃんはわたしの返事も待たず、自分の自転車にまたがりなから指示を飛ばす。

「手分けして先回りしましょう。みんな、どちらに行けばいいかはメイズさんで!」

 言われて、ゆにちゃんたちがリューズをカチカチやりはじめる。

 真珠ちゃんに横目でにらまれて、わたしも自分の腕時計に手をやった。

(メイズさん、メイズさん。ウーさんに追いつくには、どっちに行ったらいいですか)

 文字盤が示したのは、十一時ちょうど。自転車置き場から見ると、裏門がある方向だった。わたしがそちらに向かって自転車をこぎはじめると、

「真珠ちゃん、あたし裏門から行く!」

 ゆにちゃんがものすごい速さでわたしを追い抜いていった。わたしもその背中を追って、自転車を漕ぐスピードを上げる。

 一方、若菜ちゃんと絵美ちゃんは、真珠ちゃんに率いられて正門のほうへ向かうようだった。


 自転車を漕ぎながら、またリューズを回す。

 次に文字盤が示したのは九時ちょうどだった。裏門を出たところで左に曲がる。時計の針が、今はまるでを行き先を示すコンパスみたいだ。占いの指示に従いながら、わたしとゆにちゃんは、学校の敷地をぐるっと回りこんでいった。

 青空には真っ白な入道雲が浮かんでいる。でも、わたしの心は真っ暗で大荒れだ。


 そのとき、わたしの短針が、細い路地に入るようにと指示してきた。

 だけどゆにちゃんの占いの結果は違ったようで、そこには入らず真っすぐ走っていってしまう。

 一瞬、どっちに行こうか迷ったけれど、ここはメイズさんを信じることにした。


 路地は車一台がギリギリ通れるぐらいの広さしかなく、やたらと入り組んでいた。わたしは文字盤をちらちら確認しながら、道なりに進み──行き止まりに出た。

「え? あれっ?」

 目の前には、柵に囲まれた空き地があった。一面草ぼうぼうで、「売地」という看板がぽつんと立っている。

 リューズを回して、もう一度文字盤を確認してみるけれど、短針は零時――目の前の空き地のほうをまっすぐ指すだけだった。

(こ、ここに入れってこと?)

 よく見ると、空き地を囲む柵に切れ目があって、ギリギリ自転車が通れるくらいの隙間ができている。中を覗くと、反対側の柵も一部が欠けて、裏手に広がるやぶが丸見えになっていた。

(あそこか!)

 わたしは自転車を漕ぐスピードを上げて空き地を突っ切ると、柵の切れ目から藪に飛び込んだ。

 瞬間、ガクンとハンドルが下方向に引っぱられる。

 普通の藪だと思った場所は――急な下り坂になっていた。

 わたしの自転車はいきなりものすごいスピードを発揮して、ガタガタの下り坂を、転げるような勢いでくだりはじめた。

(ぎゃ────っ!?)

 力いっぱいブレーキをかけても止まらない。

 生い茂った樹々の枝がばしばしと顔に当たって、とてもじゃないが目が開けられない。大きな石を踏むたびに後輪がバウンドして、お尻を激痛が襲った。

(痛い痛い! し、死ぬっ……死んじゃう!!)

 そう思っているうちに坂はだんだんとゆるやかになり、役立たずだったブレーキもようやく効果を発揮して、ギューッと悲鳴をあげはじめた。

 それでも、勢いのついた自転車は簡単に止まらない。

 もうダメだ、と思った瞬間、ぱっとまぶたの裏が明るくなった。


 続いてがたん、ごつん、と続けざまのショック。

 そしてわたしの自転車は、ようやく停止した。

 おっかなびっくり目を開くと、ガードレールに引っかかった自転車の前輪が見えた。わたしは藪から飛び出し、その勢いのまま、目の前を通っていた歩道に突っこんでしまったらしい。

「た、助かった……」


 ほっとため息をついたのもつかの間、

「あんた……どこから出てきたの?」

 すぐ横で、呆れたような声がした。

 びっくりして目を見開くと、汗だくのウーさんが目を丸くしていた。

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