呪いのメイズさん

小金井ゴル

夢と占い(1)

 わたしは迷路にいる。


 きれいに刈りこまれた生垣の迷路だ。背の高い生垣に挟まれた細い道が、ぐねぐねと左右に折れ曲がりながらどこまでも続いている。

 わたしは目的もなくその中を彷徨さまよいながら「ああ、これは夢なんだな」と、なんとなく感じている。


 しばらく進むと生垣が途切れて、開けた場所に出た。


 洋風の立派なお屋敷が見える。

 がっしりとした黒レンガの壁に、とがった灰色の屋根。手前には広い庭があり、花壇に色とりどりの花が咲いていた。風が、爽やかなレモンの香りを運んでくる。

 その庭の真ん中で、女の子がひとり、遊んでいた。童謡みたいな節回しの歌を口ずさみながら、不思議なステップを踏んでいる。

「まいまい迷子のお嬢さん……道を知りたきゃおたずねなさい……メイズさんにおたずねなさい……ハイは零時でイイエは六時……メイズさんの言うとおり……」

 わたしよりもだいぶ年下だ。たぶん小学校三、四年生くらいだろう。

 ノースリーブの赤いワンピースに、白のサンダル。チョコレート色の巻き毛に、黒いレース飾りのついた赤いつば広帽を乗せている。長く伸ばした前髪が目もとを隠しているせいで、顔はよくわからない。


 わたしに気づくと、女の子はステップを踏む足を止め、赤いくちびるをきゅっと曲げて笑った。おいでおいでと、わたしを手招きする。

 わたしが夢の中にありがちな、ふわふわした気分で近づいてゆくと、女の子は言った。

「いらっしゃい。よく来たわね、ミヅキ」


 そうだ。わたしの名前は深月みづき。どうして知ってるんだろう。

 ……でもまあ、夢だし。そんなこともあるか。


「……あなたは?」

「私はメイズ。みんな、メイズさんと呼ぶわ」

 そう言って、女の子――メイズさんは、クスクスとしのび笑いをする。まるで鈴を転がすようなきれいな声をしていた。

「ねえ。私、ずっとひとりでここにいて、退屈していたの。あなた、私のお友達になってくれない?」

「そうなんだ。……うん。いいよ」

 わたしは、軽い気持ちで頷いた。

「ありがとう。お礼に、いいことを教えてあげるわね。もし、なにかに迷ったら、わたしにたずねなさい。いつでも、正しい答えを教えてあげるわ」

「たずねるって、どうやって……?」

「すぐにわかるわ」

 メイズさんはまたクスッと笑うと、首にかけた金色の懐中時計を手に取った。

 懐中時計とは、ポケットに入るくらいの小さな時計のこと。円盤型をしていて、コンパクトのようなふたと、鎖がついている。

 テレビで見たことはあったけれど、実物を目にするのは初めてだった(いや、夢なのに「実物」っていうのはヘンか?)。

 メイズさんは懐中時計の蓋を開いて、中を覗きこむ。

 わたしの位置から文字盤は見えなかったけれど、かちかちと時を刻む歯車の音が、かすかに聞こえた。

「ああ、そろそろ時間だわ。また会いましょう、ミヅキ」

 メイズさんが手を振る。突然のことにわたしが驚いていると、とたんにレモンの香りが強くなって、鼻がつんとした。


 そこで目が覚めた。



「深月。深月ってば。起きなさい。学校、着いたわよ」


 気づくと、お母さんが苦笑いしながら見下ろしていた。

 そこは車の中だった。エアコンの送風口に、黄色い芳香剤のクリップがついている。レモンの香りの正体はこれだ。よく考えたら、お花畑でレモンの香りっておかしいもんな。

 フロントガラスの向こうに見えるのは、クリーム色の校舎。

 今日からわたしが通うことになった、北斗中学校だ。

 校舎の後ろには林がある。六月の太陽を浴びて緑色の葉っぱを輝かせる、こんもりした木々のシルエットを見ていると、ああ、田舎に来ちゃったんだなと実感する。

 お父さんの急な転勤で、わたしたち家族はこの北斗市に引っ越してきたばかり。今日が、わたしの転校初日だった。


「グーグーよく眠ってたじゃない。てっきり緊張してるかと思ったけど、その様子じゃ心配いらなさそうね」

 お母さんが言った。なんだか鈍感だと言われたようで面白くない。

「いや、ちゃんと緊張してるってば。変な夢見たし」

「変な夢って?」

「なんか……女の子が出てきた」

 お母さんにはピンとこなかったらしい。首をかしげると、「いいから早く降りて」とわたしをかした。

 腕時計をちらりと見ると、八時ちょっと前。

 もう少しでホームルームがはじまる時間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る