十七話 準備 二

ガルスから視線を外し、もう一度彼から受け取った紙を見る。


わたしが気になっているフィリスリア・バラスティア公爵令嬢は、ここ数日、ある村で人探しをさせているようね。

おそらく探している人物は薬屋の彼。


「残念ね。彼はまだそこにはいないわ。そして今回は、彼がそこに行くこともないのよ」


どうやらフィリスリア・バラスティア公爵令嬢は、彼が店を追い出されて逃げ込んだ先は把握しているけれど、その前のことは知らないようね。


前回、彼女たちの持っている情報を知るために探りを入れた事がある。

その時に気づいたのだけど、彼女たちが持っている情報って偏っているのよね。


「アラン、この家を今日中に整えてくれる?」


銀行から持ってきた書類の一枚をアランに渡す。

アランは書類の内容を確かめ、驚いた表情を見せた。


「さっきの人の家になるんですよね? 本当に此処ですか?」


「そうよ。今は不思議に思うかもしれないけれど、彼にはそこに住むだけの価値があるの」


わたしが彼に用意するのは、すこし小ぶりの屋敷。

そこを選んだ理由は、バラスティア公爵家と敵対しているティングス公爵家の屋敷が近くにあるから。


そして、ティングス公爵家が抱える騎士団には、わたしを信じてくれた彼らがいるのよね。

そのせいで彼らは命を落としてしまったのだけど。

あれは何度目の死に戻りだったかしら?


「わかりました。一度見に行ってから足りない物を用意したいと思います」


「ありがとう。よろしくね」


アランとの話が終わると、ガルスのほうを見る。


「護衛とはどこまでしていただけるの?」


「どういうことでしょうか?」


「例えば、わたしにとっての敵となる人物の調査もお願いできるのか、知りたいのです」


「敵?」


ガルスは小さな声で呟くと、わたしをジッと見つめる。

そして小さくため息をつくと頷いた。


「調査程度なら引き受けます。ただ、襲われた場合は相手を殺すこともありますが、暗殺のようなことには加担しません」


「大丈夫よ。わたしから誰かの殺害を依頼することはないわ。まあ、向こうから送り込まれてくるかもしれないけれど」


わたしの言葉に、アランとアラクが反応する。


「今はまだ大丈夫よ。そうね、あと三カ月ほどかしら」


わたしの説明に、アランたちとガルスが息を呑む。


「なぜ、三ヵ月後だと?」


ガルスの質問に、わたしは答えずただ微笑んだ。


「そうだ。ギュータスにお礼をしないといけないわね」


「お礼……ですか?」


わたしを不思議そうに見るガルスに微笑んで頷いた。


「だって有能な部下を護衛にできたんですもの。しかも調査までしてくれるのよ?」


「……」


わたしを無言で見つめるガルス。

わたしは、そんな彼の態度を気にも留めず、一枚の紙に一人の名前を書き記した。


「これをギュータスに渡して頂戴」


ガルスは訝しみながら、わたしから受け取った紙を見た。


「なぜ彼女を?」


紙に書いたのは、ギュータスの仲間の一人の名前。


「彼女は、あなたたちを見張っているスパイだからよ」


女はギュータスを裏切り、この国にいる彼の仲間たちを次々と死に追いやった人物。


「それは、ありえない。彼女は――」


「第二王子が送り込んだ者よ」


「えっ……」


どの国にも王位継承問題がある。

ギュータスが仕えるミッドエイト国も同様だ。


ミッドエイト国には、二人の有能な王子がいる。

どちらが王位についたとしても、ミッドエイト国は安泰だと言われるほどらしい。

そして、仲のいい兄弟だとわたしの耳にも届いている。


でも実は、第二王子が第一王子を狙っているのよね。

もうこの時期なら、何度も暗殺を送り込んでいるはず。


まぁ、これはまだギュータスさえ知らない事だと思うけれど。

だからこそ、今その情報を渡してあげる。

彼の中で、わたしの価値を高めるつもりだから。


「ふざけるな!」


ガルスは椅子を立ち上がると、わたしに向かって怒りをあらわにした。


「二週間ほど前に、第一王子に暗殺者が送り込まれたという情報が届いたでしょう? 暗殺は失敗したけど、捕まえた犯人たちは何者かによって殺され、暗殺を依頼した者については一切不明」


「……なぜ、その極秘情報を?」


「第二王子の側近である伯爵家を調べてみなさい。特に、当主の弟の動きを」


立ち上がり戸惑った表情をしているガルスに視線を向ける。


彼がここまで混乱した表情を見せるなんてね。

前の時は、ほとんど無表情で慣れない間は少し怖かった。


「嘘だ」


「嘘か本当かは、ここで判断するものではないわ。調査をした結果から判断するものよ」


わたしの言葉に、ガルスはギュッと両手を握る。

そしてその手を緩めると、椅子に座り直した。


「怒鳴ってしまい、申し訳ありません。この件についてはギュータスに判断を仰ぎます」


「もちろんよ。結果は知らせてね」


わたしが楽しげに言うと、ガルスはあからさまに嫌そうな顔をした。


「はぁ、本当にどうやって……」


彼の呟きには答えず、少し冷めたお茶を口にした。


動き出したフィリスリア・バラスティア公爵令嬢は、次に何をするかしら?

薬屋の彼が見つからないとなると……。

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