八話 ーーーー
王妃の部屋に入ると微かに感じた香り。
それは、ここ数日はしなかったハシュル草のもの。
しかも他の香りはしない。
つまり、ハシュル草だけを使ったのね。
ハシュル草は理性を弱めるハーブ。
それほど強い効果はないが、欲に弱い者には効く。
王妃にはとてもよく効いたようだ。
口元が緩みそうになるのを抑えながらいつも通りの挨拶をする。
チラッと見た王妃は、少し気だるそうに見える。
随分とお楽しみだったみたいですね。
王妃という立場なのに、護衛と。
「帰りなさい。あなたのような者に時間をかける価値はないわ」
「……」
カーテンシーをしたまま少し無言で対応する。
「聞いているの?」
「申し訳ありません」
苛立つ王妃を見て、少し目を細める。
それに気付いた王妃の表情が、歪む。
煽るのは、このぐらいでいいかしら?
「本日はこれで失礼いたします」
王妃が怒鳴り声を上げる前に、彼女の前から引くと小さく舌打ちが聞こえた。
本当に、これが国を代表する女性なのかしら?
まぁ、それもあと少しね。
廊下でアーニャに声を掛け、いつもの庭に向かう。
ゆっくりと足を進め、王がいるであろう場所に向かう。
「待ちなさい」
王妃の専属メイドの一人ね。
でもね。
名前を呼ばれていないから、誰を呼んでいるのかわからないわ。
だから、止まる必要はない。
「聞いているの? 待ちなさいと言っているでしょう」
「ハルティアお嬢様に何をするのです」
わたしを守るようにアーニャがメイドとわたしの間に立つ。
どうやら、メイドがわたしの腕を掴もうとしたようね。
このメイド、王妃に似てバカなのかしら?
「お前に用などない。邪魔だ!」
あぁ、バカなのね。
こんなところで第二王子の婚約者と共にいるメイドに横暴な態度をとるなんて。
「話があるのであれば、わたしが聞きます」
「お前では――」
「今日は随分と騒がしいな」
王の登場に、王妃の専属メイドの顔色が悪くなる。
「国を照らす太陽にご挨拶いたします」
「楽にせい」
「ありがとうございます」
カーテンシーを止め、王を見る。
「それで? 何を騒いでいた?」
王の視線は王妃の専属メイドにある。
だから、この質問にわたしが答える必要はない。
「その、わたしは王妃様の命で、ハルティア公爵令嬢に話がありまして」
王の厳しい視線に、体を震わせるメイドは助けを求めるようにチラッとわたしを見る。
まぁ、無視しますけどね。
「どんな用事だ?」
「王妃様から王妃教育をするだけ無駄なので、家で謙虚について学んでくるようにと」
伝言を伝えた事で少し勇気が出たのか、最後は王を真っすぐ見たメイド。
「謙虚か」
「はい。わたくしから見ても、ハルティア公爵令嬢は傲慢なところがあります。王妃様も大変困っておいでです」
王が自分の言葉に賛同したとでも思ったのでしょうか?
随分とはっきり、わたしを侮辱しましたわね。
「はぁ」
大きなため息を吐く王。
それを見たメイドは、微かに笑った。
「下がれ」
「えっ?」
怒りのこもった王の声に、メイドは驚いた表情をする。
自分の言葉に賛同したはずの王がなぜ? とでも思っているのでしょうか?
「主」が愚かだと、仕える者も愚かなのね。
「聞こえなかったのか? 下がれと言ったのだ」
苛立った様子を見せる王に、慌てて頭を下げるメイドはすぐにこの場から去った。
「あれは駄目だな」
あれとは?
王妃の事ですか?
まぁ、そんな質問は致しませんが。
「王様」
「どうした?」
スッと王に近づく。
そのわたしの行動に、微かに目を見開いた王。
「王妃様の部屋で微かに不思議な香りがしました」
「香り?」
「はい。そして王妃様の態度がいつもよりその……なんと表現していいのか。すみません」
「いや、いい。そうか」
王から離れ、少し頭を下げます。
「そうだ。お薦めの本を持って来たぞ」
王が近くに視線を向けると、王の従者が三冊の本を持ってきた。
それをアーニャが受け取る。
「まぁ、ミッドエイト国の経済学ですね」
三冊ともミッドエイト国の経済を論じている本だ。
作者を見る限り、意見の異なる本を選んでくれたみたい。
「そうだ。やはり題名だけでわかったな」
「はい。ミッドエイト国は我が国にとって重要な国です。そこの経済を学ぶことは大切ですから」
「そうだな。この本を読み終わったら、時間を作って話をしよう。ハルティア嬢の感じた事を教えて欲しい」
「わかりました。しっかり読み解きますわ」
「次に会える時を楽しみにしている」
「失礼いたします」
声に視線を向けると騎士団長がいた。
近づく時に音がしなかったから気付かなかったわ。
「どうした?」
騎士団長が王に近づくと、何かを伝える。
その瞬間、王の目に殺気が籠る。
「騎士団長とあと五名、一緒に来い」
「はい」
「ハルティア嬢。今日はすぐに帰りなさい」
「はい。わかりました」
王は険しい表情で騎士たちと戻って行く。
「どうしたのでしょう?」
不安げに王の後ろ姿を見るアーニャ。
「何かあったみたいね。アーニャ、すぐに帰りましょう」
「はい」
チラッと王が向かった先を見る。
あちらは王妃の部屋がある。
もしかして、王妃と護衛の関係を王が知ったのかしら?
少しずつ香りについて疑問を持たせ、王妃と護衛の関係について気付かせる予定だったのだけど。
「まぁ、明日になればわかるわね」
「ハルティアお嬢様?」
わたしの小さな呟きに首を傾げるアーニャ。
「なんでもないわ。帰りましょう」
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