第102話 クロノスの戦い
「――諸君、わかってもらえたと思うが、君らでは僕には勝てない。そのうえで戦う意思がなくなったというなら今すぐ逃げてほしい、僕としても戦う相手は少ない方がいいし、君らを殺したくない。」
そう言いながら稲妻を落とした銀色の怪人は地面に足をつけることなく彼らを見下ろしていた。
そこにいたのは多種多様な魔物だ。
以前森で見た物よりも肌の色の濃いゴブリン。
助けを求めて来た犬人族に酷似したコボルト。
それ以外にも見覚えのある――名前は知らないが――魔物が群れを成してそこに居る。
彼らの目的は誘因の宝珠と呼ばれる魔術の道具だった。
魔力に応じて周辺の魔物を誘引する波動のようなものを放つその道具は通常、危険な魔物をおびき出して殺すために使われる。
罠でガチガチに仕込んだ陣地に敵をおびき寄せ、そこで危険な魔物をせん滅する――そう言う用途で作られた「失敗作」だ。
そう、これには相手を識別して呼び出すような能力がなかった。
その結果、周囲の魔物を居るだけかき集めて、周囲に甚大な被害をもたらすことになる。
端的に言って欠陥品だった。
しかし、当然だが魔物にとってはそれは価値ある物体だ。
それはまるで巨万の富をもたらす財宝の山であり、それはまるで飢えた時に渡されるパンだ。
それを見たら逃れられない、手に入れなければ我慢ができない、そう言うものだった。
そう、「だった」だ。
今の彼らはそれどころではない、何せ――その宝珠は目の前の銀灰色の怪人に握られているのだ。
もてあそぶように彼の傍らに浮いているその球体こそが、自分たちの望んでいる物体であると、彼らは理解していた。
彼らの中で葛藤が巻き起こる――果たしてこの超自然的な化け物相手に自分たちは戦ってまでこの宝珠を手に入れるべきなのだろうか?
本能が叫んでいる――手に入れろ!と。
理性が嘆いている――あれと敵対してはならない。と。
魔物たちの心は揺れ、悩み、苦痛にさいなまれた――宝珠の放つ波動は彼らからすれば十二分に強い物なのだ。
それに、この先で人間がたむろしているのを彼らは感じ取っていた。
彼らが襲うなどかけらも考えていない肉の塊たちが自分たちにくわれるために居るとばかりに気が抜けた様子でそこに居る。彼らからすれば絶好の好機だ。
あの宝珠を奪って、人間を襲いたい!その衝動は強く、飢えの様に耐え難い。
本能が理性と戦っている――力量を把握できるだけの知性のある魔物は理性が勝ったようだった。
静々と、悲し気に、けれど喜びに満ちた足取りで彼らはゆっくりと住処に帰っていく。
その抗いがたい衝動を抑えられない者達はそれでもと、銀灰色の怪人を睨んだ。
「――やるのか?」
動かない表情だというのに、怪人が目を細めたのがありありと分かった、敵意を籠めた眼差しに明確な意思を乗せた目線がⅿぶつかる。
――――げぎゅゃっぁぁぁぁ!―――――
ゴブリンが吠えた、彼をさいなむ恐れを振り払うかのように。
コボルトたちもまた、その場で爪を出して唸り声を上げている。
嘆息するような大気のうねりが銀灰色の怪人の下から現れる。
まるで昼の光の様に彼の体から発せられていた光りが強さを増した。
「なら仕方ないか。」
その声を合図に、魔物たちは怪人に飛びかかった。
右からくるゴブリンの顎を拳が砕く。
『20……後……5体?初撃で結構やってたか。』
クロノスは拳に血がつくよりも早く腕を引き戻して、足元すれちがいに切り裂こうとしたゴブリンの錆びた剣を念力でもって中ほどからへし折った。
バキン。
と音を立てて二つに分かれた剣の刀身は驚くことに持ち主の喉元に迫り、その喉に突き刺さった。
――こめかみに異変――
そちらに目を向ければ、コボルトたちが投げたのだろう石の剛速球がこちらに迫っている。
「――うっとおしいぞ。」
その一言で、まるで時が巻き戻ったように石たちの方向がくるりと回転し、コボルトたちの体にガンガンとぶつかっている。
『逆行』
それは花が扱う中で最も力のある超能力の一種だ。
観念移動に属するこの能力は相手が放った「遠距離攻撃」を相手にそのままの威力で押し返すことができる。
その攻撃が協力であればあるほど戦闘を有利に進められる、彼の得意技だった。
―――がギギギ……――
体をしこたま意志で打ち据えられたコボルトたちは口々にうめき声をあげ、仲には頭から血を流して死んでいる者もいた。
――ギギ――!――
銀灰色の怪人に向けて、ゴブリンたち決死の特攻が始まる。
何とどこから持ってきたのか丸太を残ったゴブリンたちで抱えての特攻だった。
叫び声と共に駆け込んできたゴブリンたちは的中を確信する。
しかし――
――ガギ!?――
ぶつかったはずの場所にはだれもいない――それはおろか、何もなかった、ただ草と風があるだけだ。
そう思って首を傾げたゴブリンは次の瞬間、体に走った強い痺れに体を沈めた。
大木すら黒焦げにするその異様な火力の電撃は銀灰色の怪人の頭部にある触角から放たれた、彼の攻撃の一つだった。
瞬間移動で後ろに回り、そこから必殺の一撃――漫画で見た技だが案外使い物になる。
『後は――一掃するか。』
そう考えて、チャージしていた稲妻――超雷を周囲に放った。
制御された雷は、狙いを過たずに魔物たちを黒こげにした。
亞トン起こったのはさみしいほどの静寂と輝く怪人だけだった。
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