精霊世界のINJECTION

如月誠

序章

プロローグ

 魔法の都市。


 もう何年前だろうか。海外からの記事でそんな表現を目にしたことがある。その街は、まるでテーマパークだと。いささか過剰な反応だとは思うが、あながち間違いでもない。


 白袖・リーシャ・ケイオスは、自宅である高層マンションの窓辺から東京の街並みを眺めて、冷笑する。


 時刻は真夜中。まもなく、日付は変わろうとしていた。

 煌々と光る月が霞んでしまいそうなほど爛然としたネオンは、どれも鮮やか。ビル群の壁面に埋め込まれた高解像度の大型ビジョンに、繁華街を彩る看板。アーケード街のグラウンドライトからは、空間投影されたホログラムの客引きが、街行く人々を勧誘していた。


 全ては、“マナ”と呼ばれる自然から発生した物質が元になっている。

 それこそ、一度滅びかけた国を再生させ、今や無くては国全体が機能しない大いなる力の源。生活の基盤だ。


「……ようやくね」


 時折吹く風が、リーシャの銀糸の髪を撫でる。心地よさそうに目を細めながら、彼女は静かに唇を動かす。


「徹底した精霊社会……。紛い物の神が生んだ理想郷に、人々は満足し、何も疑問を持たない。実に滑稽ね」


 微かな嘲笑を含めて、都市の夜景を背に部屋に戻る。

 リビングは特にこだわりがないのか、必要最低限の調度品のみ。広々とした空間には寂しさを覚えるものの、ただ用意しただけの仮住まいには十分だった。

 そろそろ眠ろうと照明を落とすと、部屋の中央に置かれたテーブルに乗ったノートPCに目が留まった。機械的な光を放つ画面に映し出された一枚の画像。そこには二十歳そこそこの青年が映っていた。街中を歩いていた最中に遠目から撮影されたのか、本人は一切気付いていない。

 街中を見下ろす凍てついた瞳から、まるで別人のような艶美な表情でリーシャは青年を見つめ、熱っぽく語りかける。


「貴方に会える日をどれだけ待ちわびたか……。共に、世界を変えましょう」


 長い年月をかけて準備をしてきた。

 そう、全ては彼の為に。

 願いが成就する――ようやくその時が来たのだと、想像しただけで心が躍る。

 リーシャが寝室に消えてすぐ、ノートPCがスリープモードに入る。

 この先の暗澹たる未来を告げるような、寒々とした暗闇の室内。


 あまりに静かに、夜は更けていく。


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