第27話 いなくなる準備
「あんたまた、たいそれたことをしたな」
翌日、私はアネッタとダンさんと一緒に外れの治療院を訪れた。
出迎えてくれたマークさんが開口一番感嘆を漏らした。マークさんは完治した。見張りの衛兵も私が言って置かれなくなったから帰ってもいいのに、治療院を手伝ってくれている。
商会のお仕事は息子さんに任せているから大丈夫らしい。
「聖女、来てるぞ」
マークさんの言葉に意味がわからず首を傾げていると、彼は笑いながら治療院の中を指差す。
私は慌てて治療院の扉を開けた。
昨日治癒した聖女が中のみんなを診てくれている。
「リリー様!」
「あ、リリー様だ!」
その聖女が私に気付いて声をあげると、みんなも次々に私を見た。
「リリー様、昨日は助けていただいてありがとうございました! 私たちの待遇も見直してくださって……感謝しかありません! 私、リリー様をお手伝いしたくて志願してここに来たんです!」
キラキラとした瞳をこちらに向けて笑う彼女は水色の髪を三つ編みにしていて、リリーよりも年下っぽく見える。
昨日印章を見つけた私は、すぐに副神官長の元へ行き制度を改変した。聖女の階級をなくし、報酬も働きに応じて取り決め、治療にあたるときは浄化魔法を事前に施し合うなど、安全に働くためのルールも作った。
それにより正聖女の一部が辞めてしまったらしいが、元よりあまり働いていないから問題ないと副神官長は笑っていた。
「私の同期も聖女としてまた働きたいと言っていました!」
「本当ですか⁉」
教会を支えていたのは準聖女と呼ばれていた彼女たちのような存在だ。
そんな彼女らが戻って来てくれるなら頼もしい。
「あ、手伝います!」
ハークロウ家のメイドさんたちが洗濯物を運んでいたので声をかけた。
「え? リリー様⁉ そんなこと私が……」
「あなたは治癒魔法を使って疲れましたよね? もうすぐダンさんが美味しい食事を配ってくれるので休んでてください!」
「あ、リリー様!」
聖女を近くの椅子に座らせてメイドさんたちの元に走った。
「もー、リリー様ってば綺麗なのにまたあんな格好で……。大聖女なんだから洗濯も私たちに任せてくれればいいのに」
「アネッタ、でも私はあんな綺麗な人を見たことないよ。ドレスなんかで着飾らなくてもリリー様は美しい方だ」
「そんなことわかってるよ、母さん」
お母さんを看病するアネッタが頬を膨らませながら会話をしていた。内容は聞こえないけど、元気になって良かったと思う。
「あなたはそんなことまでしているのですか」
「ジェイコブさん⁉」
メイドたちと一緒にシーツを干していると副神官長が後ろに現れて驚く。
「私も様子を見に来ました。なんせ運用一日目ですからね」
「ありがとうございます……!」
にこにこと話す副神官長に頭を下げた。
わざわざ見に来てくれるなんて、やっぱり良い人だ。
「驚いた。副神官長様まで来訪とは。あんた凄いな」
「元気そうですね、マーク」
「まさかお前とまた顔を合わせるとはな」
「へ??」
シーツを運んできてくれたマークさんが副神官長と親しげに話すので驚いた。
「お二人はお知り合いだったんですか?」
「ふふ、私たちは幼馴染だったんですよ。でも私が聖職の道に進んでからは口も利いてくれなくなりまして」
「俺が教会を嫌っていたのを知ってるくせによく言うぜ!」
にこやかな副神官長にマークさんが呆れた声で叫ぶ。
「そんなあなたが聖騎士団の協力要請を受けたと聞いたときは驚きましたよ。どういう風の吹き回しです?」
「うるせえな! お前と同じ理由だろう、どうせ」
副神官長が目をパチクリさせる。
「お前が教会の体制を変えようと抗っていたのは知っていた。それでも俺は無理だと諦めていた。この大聖女さんに会うまではな」
「……私、ですか⁉」
急に名指しされて驚く。
「そうですね。私もいつの間にか諦めていた心をリリー様に救っていただきました」
「へ? あの⁉」
わかりあったかのように話を進める二人に私は置いてきぼりだ。
「リリー様、マークとこうしてまた話せるきっかけを作っていただきありがとうございます」
「俺からもありがとな!」
「え⁉ あの、それは志が同じ二人ならいずれ交わったのでは⁉」
慌てふためく私に二人が優しく微笑むものだから、くすぐったくなる。
それから私たちはダンさんが用意してくれた食事を食べながら今後のことを話した。
外の広場に寒いので火をおこし、その近くで暖を取りながら三人円になった。
「あの、お二人にお願いがあります」
「改まってなんだい?」
こちらをじっと見る二人に伝える。
「教会の私のドレスや宝石をお金に替えて正当なところに返して欲しいのです」
「換金するのはいいけど……」
マークさんが副神官長をちらりと見る。彼は黙ったままじっと私の話を聞いていた。
「あとマークさん、私のお屋敷にも来ていただけますか? 私の私物もお金に替えて、お屋敷の人たちに分配して欲しいんです」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。話が見えないんだが?」
頭に手を置きマークさんが首を捻る。
すると副神官長が静かに口を開いた。
「あなたは、自分がいなくなった後のことを心配しているのですね」
「……はい」
私が投獄されたらアネッタやダンさん、お屋敷に残ってくれている人たちが路頭に迷ってしまう。
だからその前に準備が必要だと思った。
「あんた、どっか行くのか?」
「……マークさん、私は教会のお金を着服していました。聖騎士団に出頭してこの身を預けます」
「は⁉ あの婚約者はなんて言ってるんだ?」
驚くマークさんに笑顔を作った。
「もとよりアンディ様は私を捕まえる機会を窺っていました。教会からの内通者がいたみたいですが、本来なら聖騎士団は教会を警戒しているんです。だから、アンディ様のこと、聖騎士団のこと、これからもよろしくお願いします」
「……あんたなら何年かしたら出て来られるだろう。俺の商会で雇ってやるからそんときは訪ねて来い」
ぶっきらぼうに話すマークさんをじっと見つめる。
「あ、あんたの淹れるお茶は絶品だからな! 商会の客にも出したい!」
「マークさん……」
彼の優しさに泣きそうになってしまう。
「ほう、リリー様にそんな特技があったとは」
「あ、お淹れしましょうか?」
関心する副神官長に笑顔を作ると立ち上がった。
「みなさん、お茶お淹れしますねー!」
火を囲んで食事をする人たちに向かって叫ぶと、わっと歓声が上がった。
「やった!」
「リリー様の淹れるお茶は格別だもんな!」
「リリー様、お手伝いします!」
「あ、私も‼」
中から聖女が出てくると、アネッタも慌てて付いて来た。
「はい、お湯の準備をお願いします」
私は二人のもとに駆け寄った。
みんなとこうして過ごせるのもあと少しだ。
準備が整ったらアンディ様の元に出頭する。
私は感謝の気持ちを込めてみんなにお茶を振る舞った。
「……大聖女を引き抜きとはいけませんね、マーク」
「後任はいないのか?」
「一人ひたむきで相応しいと思う子がいたのですが……最近見かけなくなりました。辞めてしまったのでしょう。そういえばどこか今のリリー様に似ていましたね」
「ふうん。ま、でもあの聖女様を皆が求めているんだ。戻って来られるように動くか」
マークさんと副神官長は何やら難しい顔で話し合っていた。
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