第23話 教会と治療院

「リリー様! まさかお越しになるなんて! お怪我の具合はもうよろしいんですか!?」


 アーチ状の大きな屋根が一つ、白を基調とした中に朱色も混じる石造りのその建物に見惚れていると、白いローブを着た男性が慌てて中から出て来た。


「……副神官長だ」


 私をエスコートしてくれているアンディ様が私の耳元で囁いた。

 アンディ様と相談して、私が記憶喪失なことは極力教会に隠すことにした。

 だから彼がこんなに近いのも、私をフォローするためだ。


(平常心です……)


 さきほどキスされたばかりの頬が熱い。アンディ様は一体どういうつもりなのか。


「リリー様?」


 副神官長の呼びかけにハッとする。今は集中しなくては。

 彼は50代くらいで白髪交じりの黒い髪をなでつけている。優しそうな顔をしているが、私を見る目が厳しい気がする。


「あの、今日は治療院を視察に……」


 アンディ様との打ち合わせ通りに話を進める。


「……聖騎士団長の婚約者様もご一緒とは珍しいですね」

「リリーを刺した犯人もまだ捕まっていない。俺は護衛だ」

「……そうですか、どうぞ」


 副神官長は訝しげな顔をしながらも私たちを教会の敷地内にある治療院へと案内してくれた。


「……副神官長は神官長と裏で対立していると噂があったが、本当かもしれないな」

「どういうことですか?」


 後ろを歩く私たちはヒソヒソ声で話す。


「神官長は当然、金儲け優先のリリー派だった。副神官長は常識人でそのことをよく思っていないと聞く。彼を味方にできれば教会をひっくり返せるかもしれないな」


 アンディ様の話を聞くも、私にはどうしたらいいかわからない。


(ここではリリーが絶対の立場ですけど、やっぱり嫌う人もいますよね)


 私はできることを償っていくしかない。


「大丈夫か!?」


 副神官長の慌てた声で立ち止まる。どうやら治療院に辿り着いたようだ。


「その聖女は急に倒れたんだ。私たちを治療する気がないなら下がらせろ!」


 入口で白いローブをまとった女の子が倒れている。その子を見下ろすように恰幅のいい男性が立ちふさがり、副神官長を罵倒していた。


「申し訳ございません……」

「まったく! こちらは高い金を出しているというのに。神官長が激務でお倒れだと聞いたが、副神官長では話にならんな!」


 副神官長は言い返さず、その険しい顔を男性に下げていた。

 倒れた聖女は顔が青ざめていて、副神官長が身体を支えている。


「……過労だな。力を使いすぎだ」


 ぼそっと呟いたアンディ様の言葉と同時に私は聖女に駆け寄った。


「リリー!?」

「自身じゃない聖女なら力が効きますよね」

「それはそうですが……は?」


 驚く副神官長の腕の中で青ざめる聖女に治癒魔法を使った。


回復ヒール

「……あれ、私……」


 聖女が意識を取り戻し安心する。


「リリー様……あなたは」


 目を大きく見開いた副神官長に笑顔を返すと、私は見下ろしていた男性に向き直る。


「聖女も人間です。無理をすれば倒れます」

「リ、リリー様!? なぜあなたほどの人がそんな下々の者に……」


 リリーはやはりここでは有名人だ。私の正体に驚く男性と視線を合わせて言った。


「……下々? 聖女がいなければあなたたちは命を落としていたかもしれません。感謝するべき人に下も上もありません!」

「な――――」


 ぴしゃりと言った私に男性が顔を歪ませる。


「そういうことだ。さっさと自室に戻るんだ」

「ひっ! は、はい!」


 私の肩に手を置き、後ろからアンディ様が冷ややかな声色で言うと、男性は慌てて中へ戻って行った。


「ア、アンディ様、ありがとうございます」


 振り返れば彼は目を細め、私の髪を掬い取った。


「まったく、君は。人のために無鉄砲すぎる」

「す、すみません……」


 怒っているけど、その声は優しい。

 アンディ様は私を心配してくれているのだとくすぐったくなる。


「俺がいないときは自重してくれよ?」

「えっと……」

「返事は?」

「……はい」


 私から返事をもぎ取ったアンディ様は満足げに微笑むと、手にしていた髪に唇を落とした。

 私の顔が赤くなる。


(ア、アンディ様はキス魔なんでしょうか!!)

「あ、あの……リリー様……ありがとうございました! わ、私、勤務に戻りますね」


 立ち上がった聖女は恐れるように私を見ていた。


「それはいけません! 無理して倒れたばかりなのですから、今日はもう休んでください!」

「え?」


 聖女と副神官長がぽかんとして固まった。


「ふ……それを君が言うのか?」

「ア、アンディ様?」


 緊張した空気を破るように彼が可笑しそうに笑う。

 むうとした私にとても優しい顔を向けるものだから、困る。


「……リリー様、この時期聖女は人手不足で治療院も手が回っておりません。このような体制を敷かれたのは貴女様では?」


 厳しい副神官長の言葉が割って入る。


(ここでもリリーは……)


 私は彼に頭を下げると、しっかりと目を見て言った。


「その体制は見直します。働く聖女、はたまた患者さんに平等に治療が行き渡るように今日は様子を見にきましたから。今日は、私が治療院を手伝います!」


 副神官長の目が驚きで大きく見開き、アンディ様は諦めた顔をしながらも頷いてくれた。



 

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