第122話 狼のために

「おう、どうだった?って、なんだそれ」


 数枚の紙を持って訓練場へと戻ってきたリーシャを見てジョニーは訝しむ。


「ええと、アウスさんがこれから一週間で予定していた約束の一覧です……」


 そういって彼女が見せたそれには、びっしりと様々な人との約束が記されていた。物理的に可能かどうかも怪しい、よく見ると幾つかの予定は完全に重なっている。今回の体調不良が無ければどうするつもりだったのだろうか。


「俺たちで断りを入れに回るしかねぇな」


 はぁ、と一つため息を吐き、ジョニーは呆れ笑った。昔から周囲の人間と仲良くする事にかけては他の追随を許さなかった少年だ、この程度は当たり前である。


「帝国、三王国、どっちの騎士さんとも約束してるね」

「聖殿騎士のアウス殿が、よくここまで両勢力の人間と友好関係を築けたものだ」


 三つの勢力は血で血を洗う大戦争をしてから日が浅い。先の観光大演習で多少の緩和があったとはいえ、今でも帝国と三王国の人間はお互いに近付こうとはしていない。そんな状況でありながら、三勢力の一つに属している者が他二つの懐に飛び込んでいっているのだ。


 いつの間にか先頃よりも増えている宿敵の中の友人数を見て、ミケーネやラオが驚くのも無理はない事である。


「ミケーネ、お前は三王国の騎士へ断りを入れに行け。ああ、ラオ、お前も一緒に行くように」


 三王国は獣人たちが中心の国々であり、ミケーネもまたその三つの内の一つが故郷だ。更に先の大演習では指揮官であるグリゴリーと対決して面識もある。急に訪問したからといって邪険に扱われる事は無いだろう。


「ちょっとちょっと、ジョニーせんせ。なんでアタシだけじゃなくてラオも一緒なのさ。そんなに断りにいく人数、多くないよ?」

「失礼を働く可能性が高いからに決まってんだろ」

ひどッ!」


 日頃の行い、我が身に返る。乗馬が得意なラオが猫の手綱を握る事となった。


「ロイは帝国な」

「えっ!?オレだけ!?」

「忌々しい『傀儡師帝国公爵』に気に入られてただろ」

「それとこれとは関係ないッスよ~!」


 無茶な役割を放り投げられ、ロイは泣いた。


「僕も一緒に行くから安心して」

「ジョゼさぁん、感謝ッスぅ~」


 頼もしい援軍を得て、彼は再び泣いた。


「俺とリーシャは町の連中と冒険者だな」

「結構いろんな人との約束があるから大変そうですね」

「まぁ、クライヴの奴にも言っておけば商人組合ギルドに用事がある連中には伝わるだろ」


 約束の相手は店の主であったり、どこかの子供であったり、冒険者であったり。商人組合に何かしらの用がある者も結構含まれている。そこの受付であるクライヴに伝えておけば、その者が訪れた際にちゃんと話してくれる事だろう。


「じゃ、リーシャは組合へ行ってくれ。俺は他の連中に話してくる」

「分かりました」


 訪れる場所がほぼ一か所だけになった楽な方を少女に渡し、ジョニーは街中を歩きまわる仕事を自ら選択する。率先して自分が楽をするというのは良くない事、面倒を自身の半分の歳の少女に押し付けるなどもっての外なのだ。


 そしてもう一つ。少なくともジョニーは三年以上アーベンに住んでいる。ここへ来てまだ一年と少々なリーシャよりは顔見知りは多く、ある程度どこに誰がいるのかを理解している。それ故に効率的に街を回れる、と判断したのである。


「さて、始めるかぁ」


 面倒ではある。しかし約束をしたのにいつまで経ってもアウスが現れない、と約束相手が困ってしまうのは防がなければならない。普段の彼を知っていればこそ、その評判を落としてやりたくないと思うのだ。


 ジョニー達はそれぞれメモを手に、決められた場所へと向かった。


 一方その頃。


「やっぱりボクが自分で~……」


 ベッドからアウスは這い出そうとしていた。自分が約束をしたのだから、その断りも自分でしなければという責任感からくる行動である。


「大人しく寝てる」

「げふっ」


 しかし風邪であれば移してしまう可能性もある、高熱を出している以上は行かせる訳にはいかないのだ。


 という事で拳がアウスの腹に叩き込まれ、彼は大人しくなった。リベルは看病のためだけに付き添っているのではない、アウスが出ていかないように彼の身体を労わってぶん殴ってでも阻止するためにも彼に付いているのだ。


「うう~」


 それでもなお、アウスはベッドの上でもがく。うーうー、うるさい彼を面倒臭がったリベルは適当な食べ物を彼の口に捩じ込んだ。今度はモゴモゴ言っているが取り敢えず静かにはなった、リベルはその様子を見ながら一息吐く。


 外出を阻止するのは非常に面倒、病人の世話は更に手がかかる。そうした束縛を嫌うリベルであるが相手がアウスという事もあり、渋々といった様子で家に留まっているのだ。


「……食べるもの、無い」


 普段、どちらも計画的に行動などしていない。当然ながら保存食の用意などあるわけがない。つまり、外には出られない状況で食べる物が無いのだ。


「ま、いっか」


 リベルはあっけらかんと言い放ち、椅子に座って足をプラプラさせる。数食抜いたとて死にはしない、問題なしだ。


 看病する相手に与える物も無いのだが、そんなものはリベルの知った事では無いのである。


 それぞれが各々、アウスのために動く。

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