第114話 治癒術師ジョゼ

「せ、先生、その……これで、良いんでしょうか……?」


 弱々しい怯えたような声で少年は問う。そんな彼の頭を、かつてのジョニーは少々乱暴に、しかし優しく撫でて頷いてやった。


「先生。これはこうで、良かったですよね?」


 旅をする中で成長した少年は、自分の中で出した答えを恐れる事無く外へと出す。少しだけだが立派になった彼の答えに、先生役の冒険者は大きく頷いて同意いてやった。


「ジョニー先生。これまでありがとございました……っ!」


 別れの時。目に涙を溜めながらもそれを零さぬように、グッと耐えて彼は深々と礼をする。強く成長した少年の姿を見てジョニーは微笑み、最初と同じようにその頭をワシワシと撫でてやった。


 そして、今。


 早朝、商人組合ギルドの入口扉が開かれてカランコロンと鐘が鳴る。


「あっ、ジョニー先生」

「よぉ、ジョゼ」

「お久しぶりです」


 お互いにアーベンに相手が居る事は知っていた。そして冒険者ならば組合へと必ず足を向ける。ならばここで出会えるだろうと考えるのは当然、再会するのは必然というものだ。だから二人とも驚きはしない。ジョニーはつい昨日ぶりかのように軽い挨拶を投げかけ、ジョゼと呼ばれた獣人の少年、いや青年はペコリと頭を下げる。


 ジョゼは二足で立つ白色毛の犬ワイアー・フォックス・テリア、モフわさとした少し長めの毛でその身は覆われている。瞳は黒、背丈は獣人の男性としては珍しくかなり小柄である。白を基調としたローブを纏う姿は、世間一般に知られる治癒術師のそれだ。手には魔力を増幅する杖があり、その先端には瑠璃の宝珠が輝いていた。


「立派になったな」

「先生のおかげですよ」

「お前自身の力だろ、三年の成長が一目で分かる」


 真正面から認められてジョゼは少し照れて頬を掻いた。


 と。


「ジョゼーっ!」

「うわぁっ!?」


 背後から覆いかぶさるように飛びつかれて、彼は驚きの声を上げた。


 ミケーネだ、彼女が背後からジョゼに襲い掛かったのである。猫は犬の顔をうりうりワシワシと撫でまわし、結構強烈にスキンシップを実行した。ミケーネにされるがままとなったジョゼは困り顔、しかし同時に何処か楽しそうだ。


「こら、ジョゼを困らせるな」

「ぁうん」


 ラオに首根っこを掴まれて引き剥がされた猫は変な声を上げた。


「あはは。ミケーネさん、お久しぶりです。ラオさん、お手紙ありがとうございました」

「無事に届いたようでなによりだ」


 礼儀正しく二人の名を口にするジョゼに対してラオは軽い口調で返す。彼は二十歳の二人よりも二つ年下であり、三年前の旅ではミケーネとラオから弟のように接されていたのである。久しぶりの再会であっても、今も気の置けない関係である事は変わらないのだ。


「いやー、ひっさしぶりだね~。ラオとは近い所で会ってたの?」

「はい、といっても偶然でしたけど」

「とある町でばったりと、だったな」


 この広い世界で予期せぬ再会、凄い偶然も有ったものだ、と二人は笑う。しかしこの出会いからラオはジョゼの居場所を知る事になり、今回こうしてアーベンへと呼び寄せられたのだ。


「本当は昨日のうちに会いに行きたかったんですけど、ここへの到着が案外遅くなっちゃって……」


 申し訳なさそうにジョゼは言う、がミケーネとラオは顔を見合わせてフッと笑った。


「どーせジョゼの事だからさー、困ってる人を放っておけずに助けてたんでしょ~」

「なんで分かるんですか!?」

「おいおい、私達はそれなりに長い付き合いだろう。流石にそれくらいは分かるさ」

「な、何だか恥ずかしいな……」


 完全に見抜かれてジョゼは赤面しつつ頬を掻く。元より大人しく優しく素直な性格の彼だ、多少なりと為人ひととなりを知っていれば容易に想像出来る事なのである。


「さて、再会を祝って、といきたい所だがジョゼ、一つ依頼がある」

「え?ジョニー先生が僕に、ですか……?」


 成長して一廉の冒険者となった自覚はあれど、師と比べればまだまだ未熟である事も自認している。万事に秀でた先生から依頼される事など思い付かず、ジョゼは首を傾げた。


「実はな――」


 ジョニーは説明する。

 今自分がどんな仕事を請けているのか。今までどんな事があってどうしてきたのか。直近のこの町アーベンで何が起きたのか。これからどうする予定でジョゼに何を頼みたいのか。


 そして。


「探索については分かりました、勿論協力します。するんですが……その、はいしん?っていうのは、いったい……」


 当然の疑問と困惑を抱えて、彼はうぅんと唸った。理解しようにも、とても想像も何も出来ない事柄だ、そうなるのも当たり前である。


「ふふーん、配信っていうのはねー」


 素晴らしく自慢げにミケーネがより詳しい説明を始める、が彼女は教師役に全くもって向いていない。感覚に頼った説明は更にジョゼを混乱させ、その場にいる他の者を嘆息させる事となった。


「お前に説明は無理だ。少し黙ってろ、ミケーネ」

「え、ひど~い!」


 ジョニーの無情な判断に彼女は頬を膨らませる。しかしそのおかげで、ようやくジョゼは更に詳しい説明を受ける事が出来たのだった。全てを聞いた彼は一つ頷き、異世界の住人に多少なりの興味を抱く。


「面白そうですね、その人たち」

「無礼で、いい加減で、ムカつく奴らだが良い連中だ、一応な」

「正反対の事を言ってますよ、先生……」


 だがしかし、それが真実だ。

 配信の中で殴り合い笑い合う関係を説明するとそうなるのである。


「それじゃあ改めて。僕も探索に加わります」

「ありがとな。基本的に普段はココ商人組合か訓練場で集まって話し合ってる。ま、どっちかで誰かには会うだろうからな、情報共有は出来るだろう」


 どちらも冒険者が訪れる代表的な場所である。人数が増え、それぞれが全く違う動きをしている現状だが、どちらかに居れば他の者から探索に関する話を聞く事が可能だ。


「ジョゼ、明日の朝に訓練場に来てくれ。他の連中に紹介しないとな」


 こうしてジョニーの迷宮領域ダンジョン探索に新たな仲間が加わったのだった。

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