第85話 探索(あるいはピクニック)

 丘陵地帯は起伏に富んだ地形である。大小さまざまな丘がうねりを作り、さながら緑の海原とでも言うべき姿をとっている。そんな場所に足を踏み入れたジョニーたちは厄介な現象に頭を悩ませていた。


「ふーむ。目標物が無いせいで迷うな」


 リーダーであるジョニーは作りかけの地図を手に唸る。

 草原地帯とは異なり、背の高い植物は無い。森や林と呼べるほどに木々が密集した場所は存在せず、樹木はポツンポツンと各々独りぼっちで立っている。そういった面では探索がしやすい筈だ。


 しかし探索を邪魔するものがある。


 丘だ。

 大小の丘は先を見ようとする時には目隠しとなり、歩き進もうとする場合には迂回か登るかを選択させられる障害物である。それ故に近距離の見晴らしは良くとも、少し先を確認しようとすると途端に困難になっているのだ。


 そしてもう一つ。

 分かりやすい目印が存在しないという事も迷いやすい原因である。どうしても周囲を似たような丘に囲まれる形となる上に、それを縫っていくように蛇行するせいで方角を正確には把握しにくい。大樹か巨岩か、何かしら何処からでも見える物があれば地図作りも楽なのだが残念ながら無い物ねだりである。


 そうは言っても丘を登ると周囲の特徴は発見できた。遠距離で確認できるようなものではないが、歩き進んでいる際に見付ければ自分がどの辺りにいるかを確認する事は出来る。太陽の位置や進んできた方向から方角を確かめ、問題がないと判断したジョニーはそれを地図に書き込んだ。


「ん?」


 丘の頂上まで出た所で彼は何かに気付く。


「お、良い目印が」


 ジョニーが見つけたのは一際大きな丘の上に生える広葉樹だった。それは今いる場所からずっと遠く、緑の海原を東へいくらか超えた先に存在している。道なき道を進む事を考えると一日二日では到達できそうにない。


 距離を考えるとその樹木は信じられない位に巨大であると判断できる、実際に近くでどれ程のものか確かめたいところだ。しかしその膝元まで行こうとするならば調査を更に進めて、より楽に進めるルートを確保する必要があるのは間違いない。


 ともあれ遠く東に存在する『丘の巨木』を彼は重要な目標物として地図に書き込んだ。


「の、登りは辛いッス……」


 はぁはぁと肩で息をしながら、まだ頂上に到達していないロイは疲れ切った嘆きを発した。


「頑張れ~、ロイ君~」

「は、はいッス」


 一足先に登頂完了したリーシャの激励に彼は奮起する。冒険者として順調に荒事含む依頼を達成しているというのに、薬士である彼女に体力面で遅れを取っているという事実。少年は自身の不甲斐なさに恥ずかしくなった。


「リーシャちゃんって体力あるよね~」

「そうでしょうか」

「そうだよ。戦闘が無い歩いてるだけの探索なら、結構な距離を休みなく歩いても平気な顔してるし」

「あ、もしかしたら……」


 ミケーネに指摘されてリーシャは何かを思いつく。


「歩き方が関係してるかもしれません。疲れにくい歩き方があるんですよ」

「えっ、そんなのあるの!?」

「はい。良ければ教えましょうか?」

「お、お願い、するッス……マジで」


 ようやく彼女達に追いついたロイは本気で教えを乞う。このままではいつまでたっても自分が最後尾を歩く事になってしまう、そんなのは不甲斐ないにも程があるというものだ。


「とーっ!」

「やっ」


 リーシャの歩き方講座が始まったのと同時に、ジョニーの隣にいた暴れん坊二匹が宙へ跳んだ。空中でくるりと前転し、そのまま丘の頂から落ちる。芝のように背の低い緑の草で覆われた大地をリベルとアウスはコロコロと、というかギュルギュルと凄まじい勢いで転がっていった。


 楽しそうではある、しかしここは整備などされていない場所だ。草に隠れた岩や穴などの障害物が沢山存在するのである。時折ドゴッという音と共にリベルかアウスが大きく宙に舞う。普通の人間なら一発で死ぬであろう衝突だが、彼女達には大した事では無いようだ。途中で兎や鼠の魔物が撥ね飛ばされている、実に災難である。


「……まぁ、あの二人は放っておくか」


 ズタボロになろうがリベルたちが魔物如きに遅れをとる事など有りえない。放置しておいたとしても何事もなく戻ってくるだろう。ジョニーは二人に全幅の信頼をおいて、自身の仕事地図作りに専念する。


 しばらくの後、十分な情報を書き入れた彼は地図をリュックサックにしまった。


「お前らー、遊びはそこまでだ。次行くぞ、次ー」

「あ、はーいっ」


 仕事のためにここ迷宮領域へ来ているのだ、いつまでも他の事で時間を潰すわけにはいかない、そんな余裕など何処にも無い。周囲に強力な魔物の気配はなくとも何が飛び出してくるか分からないのだから、気を緩ませすぎるのは問題なのである。


 しかし。


「もう一回ー!」

「ころころ」


 リベルとアウスは違った。

 ジョニーの仕事に配慮する気などは欠片も無いのである。自分達の楽しみのために彼女たちは迷宮領域ダンジョンへと来ているのだ。


「そこまでだ、いい加減にしろ」

「えー!」

「ぶぅ」


 頂から跳び出さんとした二人の首根っこをジョニーはガシッと捕まえた。リベルとアウスは親猫に運ばれる子猫が如く、ぷらんと宙に吊られる。当然彼女達は抵抗の意思を見せ、じたばたジタバタと何者にも縛られていない手足を動かした。


「ぶん投げるぞ」

「面白そう!やってやってー!」

「逆効果ッスね……」


 一般的には人に投げ飛ばされるなど回避したい事である。しかし怪物たちにとってはそれも遊びの範疇なのだ。非常に面倒臭い、ジョニーは渋い顔で溜め息を吐く。


 とりあえず二人をこれから向かう方向へとブン投げて、彼は仕事を再開した。


 あちらへこちらへ歩き、植物鉱物そして魔物の情報を収集する。目的のものがハッキリしている普通の冒険とは異なり、前人未踏の地の探索は非常に煩わしい。一歩進めば未知に当たり、二歩前進すれば新たを見付ける。それらを逐一、手帳や地図へと書き入れていくのだ、ジョニーが請けたのはとても時間が掛かる仕事であった。


「そろそろ戻るか……」


 日が段々と傾き、世界がオレンジへに染まっていく。朝から開始した拠点周辺の探索、そこから少し範囲を広げて行った目標物探し。それだけで一日が終わったのだ。拠点へ帰還する事を後ろを歩く者たちに伝えようと、ジョニーは振り返る。


「ん?」


 ひい、ふう、みい。

 リーシャ、ロイ、ミケーネ。


 二つ足りない。


「リベルとアウス、どこいった?」

「あれ?さっきまで後ろにいたよーな……」


 一番近くにいたミケーネが周囲をキョロキョロと見回す。

 すると。


「あっ、あそこ!」

「あいつら……」


 彼女が指さす先に目を向け、ジョニーは額に手を当てて首を横に振った。


 丘二つ、その向こうの頂に二人はいたのだ。


 ジョニーが彼女達を無事無理やり連れ戻す頃には、世界は真っ暗になっていた。

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