だからその絵が盗まれる

だからあなたは①

 明後日、学年閉鎖の影響でのびのびになっていた合唱コンクールが、やっと開催される。


 スケジュールに余裕ができたこともあって、夕方からの個人レッスンも概ね終わりの目処が立っていた。難しいとはいっても学校の課題曲に選ばれる難易度ではあるし、音楽の先生だけあって叶美が教えることは多くはなく、あとは反復練習するのみだった。もはや付き合う必要もなさそうだったが、単純に夜の校舎の特別な雰囲気とレッスン終わりに出てくる甘いものが楽しみで、ここしばらくは塾がない日には音楽室に顔を出している。


 話題も多くて話しやすい先生だった。もしかしたらそれが一番の理由なのかも知れない。


(の先生とは大違いだ)


 そんなわけで、今日も音楽室でのレッスンが始まるまでは、科研の部員たちとのんびり放課後を過ごしていた。


 理科専任講師が用意してくれるお菓子とお茶のおかげで彼女たちの放課後は大変優雅である。お菓子はともかくお茶の味なんてほとんどわからないが、


「やっぱり玉露は香りが違いますねぃ」


 などとしたり顔で言ったりする。


 専任講師の水木女史は玉露を使ってないことを知っているが、「そうね」とにこやかに叶美の言葉を受けている。


「かなやん、それ煎茶だから玉露じゃないよ」


 同じ一年生のツッコミに、


「この香りは八女産の玉露だと思う。ですよね、先輩」


 と無茶ぶりをする。急に話題を振られた二年生は慌てて返事を考えるが、


「いや、俺もよく知らないんだけど」彼は視線の先、叶美の背後に煎茶のパッケージを見つけた。

「多分違うと思う……」


「よく知らないんだったら仕方ないですね、今回は先輩に免じて煎茶にしておきましょう」


「俺が悪いの……?」


 科研の部室は居心地が良かった。


 暖かい部屋、会話に付き合ってくれる友達と先輩、静かに見守ってくれる先生。


 お裾分けの和菓子も美味しいし。


 叶美が餡子の良さを理解できるようになったのは、ひとえに水木専任講師のおかげだ。


 上品な甘さをちびりちびりと味わい、一口ごとにお茶で口を潤していると、部室のドアが開いた。


 見ると、科研部員たちには見慣れた顔があった。


 すらりと伸びた足。ほっそりとしたシルエット。手入れをしていない、ぼっさぼさに跳ねた髪。


 すでに引退済みの元部長、小此木圭介おこのぎけいすけだった。


 3年生は受験勉強に専念しなければいけないはずなのだが、彼は何かと理由をつけて部室に顔を出している。


「やぁやぁ、また遊びに来たよ」いつものゆったりとした口調で言う。

「やっぱり部室はいいねぇ。もうここに来れなくなるなんて悲しいよ、ほんと」


「とか言いながらよく来てるじゃないですか」


 叶美がすかさずツッコミを入れた。


 ここ数日、彼の顔を見ない日はない。勉強が捗ってないのかな、と叶美は口に出さずに少し心配していた。


「あと3ヶ月もすれば全く顔を見れなくなるんだから、もうちょっと辛抱してほしいな」


「卒業した後も遊びにくるでしょ」やれやれ、と叶美は大袈裟に首を振る。

「先輩は部室大好きですもん」


 そう言いながら、彼女は思う。「あと◯ヶ月」の部分は確かにカウントダウンされていくのだ。いまは3だがそのうち2になって、1になって、0になって、そこからは彼も新しい生活が始まる。叶美が言うほど簡単には遊びに来れないかもしれない。


 笑顔で部室から出ていく彼をみるたびに、彼女はすこしだけ桜の季節が恨めしくなっていた。


「まぁまぁそう言わずに。今回はお土産だって持ってきたよ」


 圭介は大きな学生カバンから何かを取り出した。全員の注目が集まる。


「なんですかそれ。……竹とんぼ? あれ、竹製じゃないですね」


 白い樹脂製の、奇妙な形の竹とんぼだった。


「すごいだろう! これ、3Dプリンタで自作したんだ。めっちゃ飛ぶよ」


「……へー」


 叶美をはじめ、部室にいた全員が気の抜けた返事をした。


 顧問代わりの水木女史は苦笑いをしている。彼女は三年間彼の奇妙な実験とレポートと発明に付き合ってきた。今回の彼の制作物は少なくとも去年彼が作ってしまった黒色火薬よりはよほど安全であろう。流石に竹とんぼで怪我人は出ない。……出ないはずだ。


「みんなそんなに興味なさそうだけどね、これはプロペラ部分を最大限に効率化したんだ。単純計算では揚力も当社比2倍! 軽量化も果たしたので、条件さえ整えば学校の屋上にだって届くはずだよ! 体育館だったら天井に激突して木っ端微塵になるかも知れないね!」


「ダメじゃないですか」


「どうだい、興味が出てきただろう?」


 部員たちはいささかも表情を変えなかった。


 叶美だけは白い竹とんぼが目新しく見えたので、角度を変えつつ眺めている。最中もなかをかじりながら。


 圭介はそんな反応が物足りなかったのか、鼻息を荒くしながら、


「よぅし、百聞は一見に如かずだ。やってみようじゃないか」


 水木が室内ではやめなさいと止める間も無く、彼は軸を回転させた。


 一瞬で白い影が天井に飛び上がった。誰も視認できかった。飛ばした当人も影を追えずに、前を向いたままだ。天井から何かが砕ける音が聞こえた。窓辺で干していたビーカーが割れた。重しをつけた竹とんぼの一方の翼が、鋭く飛んで結構な価格のガラス容器を砕いたのだった。全員が哀れな実験器具を見たとき、まだ空中で踊っていた片翼が部員たちの頭スレスレを通り過ぎた。壁に当たって跳ね返り、叶美の手の最中に命中し、それもろとも床に墜落した。


 屋上にも届く改良型樹脂とんぼは、見事に理科準備室の天井で散ったのだった。


「……」


 叶美は床に横たわった無残な最中を見ーー、瞬時に状況を理解し、誰を断罪すべきか把握して、顔をあげたーーすでに薄いリュックを背負った背中がドアを抜けようとしている。


「こらーーーー!」


 正義の鉄槌を下すべく、彼女は駆け出した。






 夕方過ぎ、薄暗くなった部室で叶美はひとり椅子に座っている。


 今日の追跡は早々に切り上げた。


 叶美も体力には自信があるほうだが、圭介の逃げ足は異常に速い。最短ルートの計算、障害物の予測、視線を切ることができる角度、カモフラージュにできる環境、彼の恵まれた脳力をフルに回転させてそれらを一瞬で計算し、あの細くて軽そうな体で実行に移すのである。まさに才能の無駄遣い。


 ときには叶美の追撃が成功し、教師の前に2歳年上の逃亡者を突き出すこともあったが、あまり意味はない様子だった。叶美に言わせると教師の叱言こごとも詰めが甘い。「次からは気をつけなさい」「なるほど、では気をつけてやればいいのですね」となるわけだ。その結果が黒色火薬だったりするから始末が悪い。


 『暖簾に腕押し』。『糠に釘』。『小此木圭介に教師の叱言』。ここ一年は『藤原叶美の追跡』が加わって、科学研究部の風物詩になっていた。


 が、それももうあと3ヶ月もない。


 お茶菓子の仇を討ってやろうと部室で待ち構えているうちに、すっかり気持ちも落ち着いてしまった。叶美以外は先生も含めて全員帰っている。残っているのは彼女と、圭介が置き逃げた大きくて重そうな学生鞄だけだ。


 そろそろ音楽室へ行く時間だが、彼の鞄を理科準備室に入れたまま鍵はかけられないし、かといって廊下に出しておくのも気が引ける。時間ギリギリまで待っていよう、と暗くなった窓の外を見ながらぬるいお茶を飲んでいた。


 電気をつけるのも面倒だった。


 椅子に寄りかかったまま暗くなるに任せていると、今居る場所を含めて何もかもが夢なのではないか、と思えてきた。


「帰りたくないな」


 自分でも思いがけず声が漏れた。


 自宅は食べて寝るだけの場所だった。一人で座っている限り、部室も自宅も変わらない。むしろ、部室には一年間の思い出や素敵な実験器具がある。こっちの方が居心地が良かった。ストーブも消え、明かりもなく、ただコートやジャージを膝にかけてお茶を飲んでいるだけなのに、無性に心が落ち着いて、現実感が薄れていく。


(……こういうのが夢見心地なのか。本当に、あたしはここにいるのかな?)


 夢見ついでに、と少し悪戯心がわいた。


 この部屋には燃料を入れっぱなしのアルコールランプがひとつある。活動中に使い切ることができずにいたアルコールの半端な残りを集めたものだ。本当なら鍵がかかる棚に保管しなければいけないが、面倒なのもあって教師に内緒で棚の下に隠しておいた。


 一年生一人では火を使った実験は許可されない。でも、それだと実験を独り占めできない。今は絶好のチャンスだ。


 アルコールを少量小皿に取り、マッチをって火をつける。


 薄暗い部室の中で、淡く青い、綺麗な火があがる。


 彼女はこの小さな炎を眺めるのが好きだった。


 なんとなく、小此木圭介の姿が重なった。


「いなくなっちゃうのか」


 アルコールの炎は淡い。淡くて青い。


 授業で使うようなアルコールランプは、芯で燃料を吸い上げて先端で炎色反応を起こし、細々とオレンジに燃え続ける。しかし、純粋なアルコールの炎は青なのだ。昼間だと視認するのが難しいくらいに淡い青色。


 そうして、液体燃料は簡単に燃え広がっていく。もし床にこぼしでもしたら一面が火の海になる。固形燃料なら火傷を覚悟で火元を水場へ持っていったりもできるが、液体燃料ではそれも難しく、大きな火災につながりかねない。


 まるで情熱のようだ、と入部したての叶美に言ったのは圭介だった。


「赤々と派手に燃える焚き火よりも、秘めた青い炎の方が危険なのは当然じゃないか」


 そういうものこそが大きな熱量を持っていて、良くも悪くもとんでもないことをしでかすのさ、と。


 これを聞いた当時の彼女は中3の圭介に対して「さすが本物の中二病は格が違う」と思ったが、今となってはなんとなく彼女にも感じるものがあった。


 この変哲もない、水のように透明で形を留め得ない、目立たない、しかし人間に毒になる液体が、青くて高い熱量を持つ。


「いなくなっちゃうのか」


 もう一度つぶやいた。


 彼女にとって、彼は中学校の象徴だった。


 人目を気にせずに髪もぼさぼさ、制服のボタンの掛け違えもしょっちゅう。でも、いざ実験をすると手際良く道具を扱い、細かいところへも気を配って丁寧に教えてくれる。まるで絵に描いたような科学研究部の部長。いつも飄々ひょうひょうとしていて変な実験をしている人。ときどきすごく面白いモノを作り出して、ほとんどははた迷惑な結果を残す人。今年卒業して、自分では行けないような難しい高校へ進学する人。


 大人を含めても見たことがなかった、初めて会う種類タイプの人。


 そしてきっと、中学校を卒業したら会えなくなる人。


 そういえば六本松修学館の灰野晶も、どことなく似た雰囲気を出している気がした。外見も性格も似ていないが、捉えようがない印象がどちらにもあった。彼も青い炎を持っているのだろうか? ……なんて考えてしまうあたり、あたしも一足早い中二病なのかも、とちょっとにやけてしまう。


 ドアが開いた。


 思わず彼女は椅子から立ち上がった。小皿はドアから死角になっていてすぐには見つからないが、先生が来たのなら急いで隠さなくてはならない。


「やぁやぁ」


 圭介だった。


「なんだ」つぶやいて、ほっと安心した。

「待ってたんですよ。鞄置いたまま逃げてっちゃうから、困ってました」


「それは悪いことをしたね。追いかけられると逃げたくなっちゃうものだから」


 後ろ手でドアを閉めながら部屋へ入ってくる。


「もう僕は許してもらえたのかな?」


「私は許してあげます。でも先生は怒ってましたよ。先輩が割ったビーカー、これで20個だって」


「いやぁ。先生なら口八丁で何とかなるけど、藤原さんは怖いからねぇ」


「失礼ですね」口を尖らせた。


 そんなことを言いつつも、もう彼の軽口にも腹は立たない。ただ、こんなやりとりもあと少しなのかと思うと胸が苦しくなった。


「アルコールか」叶美の後ろ、小皿の上で青く燃える炎に彼も気付いた。

「もう授業でもガスばっかりでこんなものは滅多に使わないのに、この部活は温故知新の精神にあふれているよ」


「授業で使うには危ないですから」


 彼は炎に見惚みとれているのか、机の上の鞄には手を触れなかった。叶美は椅子に座り直した。もう少しこの会話を続けたかった。


「まぁね、僕も火傷したことがあるよ。で、その危ないものをどうして一人で見ていたんだい」


「何となくです。綺麗だから」


「なるほど。その青色は僕も好きだ」


 圭介も炎を挟んで叶美に向かい合うように座った。


「危険な青ほど、透き通ってて綺麗だ」


 つぶやくと、はぁ、と小さくため息をついた。


「どうしたんですかため息なんてついて」


 圭介のため息を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「いやね、ちょっと美術の課題提出やら合唱コンクールやらで忙しくてね。三年生になると副教科も気を抜けなくなるんだよ」小皿を指でコン、と叩いた。

「ああ、もういっそ課題ごと美術室が燃えてくれればいいのにって、ね」


「こわ。急に物騒なこと言わないでください」


「はは、悪かったね」


 圭介はまだ炎に見入っている。彼の目の奥に青い火が映っているのが見えた。


(……この人はこの炎の向こうに何を見てるんだろう?)


 いつもの笑顔と皮肉な物言いもなりを潜めて、今は静かにしている。


 叶美は炎を通して、いままでに見れなかった圭介の一面が見えた気がした。


「そういえばですね」


 話題が思いつかないまま口にしてしまった。なんとなく沈黙に耐えられなかったのだ。それに、何も言わなければ彼が帰ってしまいそうな気がした。


「えー、……最近塾で仲良くなった子がいまして。その子、探偵なんですよ。名探偵」


「探偵? 浮気調査とか猫探しをやってる、あの?」


「それはリアルのほうじゃないですか。どっちかっていうと漫画に出てくるような探偵です。浮気調査とか猫探しもしてくれるかもですけど……」


 晶の渋い顔が浮かぶ。


「……いや、そっちはしてくれなさそう。猫探しだったら榛菜ちゃんはやってくれるかな……犬派っぽいからダメかなぁ」


「へぇ……、事件を解決する方の探偵ってこと? 本当にそんな子がいるんだね。漫画や小説だけかと思ってた」


「ええ。で、その子、雰囲気だけなんとなく、先輩に似てました。変人の雰囲気というか」


「変人? 僕が? ひどい言われようだねぇ」


「あ……褒め言葉のつもりだったんですけど」


「変人って褒め言葉なのかなぁ」


「褒め言葉ですよ! その……うまく説明できないんですけど」叶美は少し腰を浮かせて、気持ち顔を寄せた。

「先輩みたいな人、他にいないですよ。英語だとユニークっていうんですか? 他に代えられないと言うか、誰も真似できないというか、特別っていうか。そういう意味でユニークな人ってすごい褒め言葉なんじゃないかって思います。先輩が卒業したら、こんな面白い人にはもう、会えないんじゃないかって……きっと、先輩みたいな人って他にはいなくって、私、もう……」


 言いながら自分でも何がなんだか分からなくなってきた。青い炎に当てられたのだろうか。これ以上しゃべっていたらもっと変なことを言い出しそうだ。話題を戻さないと。


「……その名探偵、ちょっとしたヒントだけで本当に事件の真相を当てたんです。普段はむっつりしてて何を考えているのか分からない感じだったんですけど。だから……その……」困った。どんな風に話をまとめよう?

「……先輩も困ったことがあったら私に言ってください。きっとその探偵が解決してくれますよ」


 無理やり話題を切り上げた。


 圭介も不思議に思ったのか、じっと叶美を見る。そうしてから少し肩をあげて、いつもの笑顔を見せた。


「君に言うのはいいんだけど、解決するのはその探偵さんなんだろう? でも、いざってときはお願いするよ。ありがとう」


 圭介はまだ何か言いたげだったが、それ以上は話を続けようとはしなかった。


 アルコールが燃えるチロチロという微かな音だけが響く。いまはもう、帰り支度をしていた吹奏楽部員の声も、校庭に響く運動部員たちの大声も聞こえなくなっていた。


 二人は青い炎を挟んで静かに座っていた。


 沈黙にも慣れてきた。いまは話題を探す必要なんてないことが、叶美にもわかった。


(もういっそ、このまま時間が止まればいいのに)


 そんなことを考えている自分にも気付く。


 火が弱くなったころ、やっと圭介が口を開いた。


「それにしても、こんな時間まで残ってて大丈夫なのかい。もうそろそろ警備システムが動くんじゃないかな」


「え、ああ、合唱コンクールが終わるまでは結構遅くまで警報切ってるみたいだから、大丈夫らしいですよ」


 炎ごしに目があった叶美は慌てて答える。


「へぇ、そうなんだ。どうしてそんなこと知ってるんだい?」


「え? あ、いや」山田先生が練習しているのは内緒にしないといけないんだった。

「その、友達に聞きました。音楽室で練習している人がいるらしくて……そう、特別らしいです。本当はやっちゃいけないらしくって、秘密らしいので、誰にも言ったらダメですよ」


「なんだかあやしいねぇ」ふふ、と声をもらしながら言った。

「でも、今日はもう聞かないでおこう。あんまりご機嫌を損ねたくないからね」


「そんなに短気じゃないですよ」


 そろそろいい頃合いだった。山田先生も待たせている。


 叶美は蓋をして火を消した。途端に机の周りが暗くなった。目はすぐに暗闇に慣れたが、圭介の顔は陰になって見えない。


「君も流石に帰るだろう? 一緒に出ようか」


 圭介の人影が鞄を持ち上げた。


「あ、私、その、ちょっと用事があって音楽室に行かないといけないんですよ。……へへへ」


「ん? ……ああ、秘密の練習って君たちのクラスのだったのかい。それは待たせて悪いことをしたね。じゃあ、鍵は僕が返しておくよ」


 良い具合に勘違いをしてくれたみたいだ。叶美は訂正はしなかった。


 二人で理科準備室を出た。圭介が扉を閉めて、鍵をポケットに入れた。


「ではまた明日。あんまり遅くならないようにね」


「ありがとうございます、また明日。ってか明日も来るんですね」


「ここは居心地がいいからねぇ」


 それじゃ、と笑顔で手を振って去っていく圭介を見ながら、しばらく彼女は目を離せないでいた。廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、ふぅ、とため息をついた。一呼吸して、やっと音楽室へ歩き出した。何に緊張して、何を怖がっているのか、彼女自身もよくわからなかった。

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