9 ふたたびの日常

 ヅェルトリアとの戦いから一週間が経った。


 魔法学園は休校になっていたけれど、今日から再開だ。


 ちなみに対抗戦リーグはあんな騒ぎが終わった後なので、中断になっている。


 学内への侵入者対策が確立されてから、という話になりそうだ。


 で、俺はいつもと同じくルリアと一緒に登校している。


「うふふふふふふ」

「嬉しそうだな、ルリア」

「だって一週間ぶりだし」

「学校に行きたかったのか」

「そうじゃなくて、ギルと一緒に登校するのが一週間ぶりってこと。もう、ちゃんと女心に気づいてよ」

「女心って……」


 俺は苦笑した。


 ルリアに言われると、どうもピンと来ないな。


「……キスまでした間柄じゃない」


 と、耳元でささやかれてしまった。


「っ……!」


 思わず絶句する俺。


 そういえば、どういうつもりでルリアは俺にキスなんてしたんだろう?


 いや、もしかしたら――。


「なあ、ルリア。あのときのキスって何かの術式だったのか?」


 一週間前のヅェルトリア戦――。


 精神世界で奴と対峙した際、ルリアの幻影が俺を救ってくれた。


 あれは彼女のキスがなんらかの作用をして発動した『術』だったんじゃないだろうか?


 俺はそう推測している。


「ん。まあ、ギルへのお守り代わりに、ね」


 ルリアが微笑む。


「あ、でもそれだけの意味じゃないけどね! っていうか、術式のためだけにファーストキスを捧げたりしないから」


 言って、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。


 ファーストキスだったんだ、ルリア……。


 まあ、俺にとっても『二周目』の世界では初めてのキスになるんだけど。


「ごきげんよう、ギルバートさん、ルリアさん」


 と、前方から銀色の髪を長く伸ばした美少女がやって来た。


 アーシャだ。


「おはよう」

「おっはよー」


 俺たちも挨拶を返す。


「通学中にアーシャと会うなんて珍しいな」

「いつも、あの豪華な馬車で通学してるよね?」


 と、ルリアが言った。


「えっ、アーシャ、通学に馬車を使ってるのか?」


 まあ、王女様だもんな、アーシャって。


「やめましたわ」


 アーシャが言った。


「今日からわたくしは徒歩通学です。えっと、やっぱり歩いた方が健康にいいとか、そんな感じの理由で……」


 ん? なんでモジモジしてるんだ、アーシャ。


「明日以降もこうやって通学路で会うかもしれませんが、そのときはよろしくお願いしますね」

「はっはーん」


 ルリアがニヤリと笑った。


「あたし、分かっちゃった。ズバリ、ギルと会いたいから徒歩通学にしたんだねっ」

「何言ってるんだよ、ルリア。そんな理由のわけないだろ」


 思わずツッコむ俺。


「っっっ……!」


 その隣でアーシャがいきなり顔を真っ赤にした。


「? アーシャ?」

「お、おほほほほほほ、もちろんですわ! 健康のためですから! 別にギルバートさんと一緒に登校したいとかではないですから!」

「だよねー。じゃあ、彼女はあたしたちと一緒に登校したくないみたいだから、いこっか?」

「え? まあ、そういうことなら……」


 俺はルリアに促され、先へ進もうとする。


「ち、ち、ちょっとお待ちくださいませ……っ!」


 ぎゅんっ!


 すさまじいスピードでアーシャが俺たちの前に回り込んできた。


「速っ!?」


 さすがは近接戦闘魔法の達人アーシャだ。


「もう、素直になればいいのに」


 ルリアが噴き出した。


「あたしがこういうことしないと本音を出せない?」

「あ……」


 アーシャがバツの悪そうな顔をした。


 ん、なんだなんだ?


「わたくしも……一緒に登校したい、です」

「はい、よく言えました」


 ルリアがにっこり笑う。


「そういうことで三人でいこ?」

「えっ。アーシャは一緒に行きたくないって――」

「「は?」」


 うわ、すごい目でにらまれた!


 しかも二人から同時に。


「ギルって本当に鈍感よね」

「ええ、致命的に鈍感ですわ」」


 なぜかルリアとアーシャが息ぴったりだし……。




 さらに進んでいくと、今度はエストに出会った。


「今日はみんなそろって登校か? まさか集団でなんらかの任務を帯びているのか?」

「いや、俺たち軍人じゃないからな」

「私は軍人だ」

「うん、知ってる」


 なんでわざわざ軍人アピールしたんだ、エスト?


「……楽しそうだな」


 ぼそりとつぶやくエスト。


「えっ?」

「……なんでもない」


 ぷいっとそっぽを向いてしまう。


 が、妙にソワソワしている様子なのが丸わかりだった。


「もしかして――一緒に登校したいのか? 俺たちと」

「っ……!」


 エストの表情がこわばった。


「ば、馬鹿を言うな。私は別に……う、羨ましくなんてないぞっ……!」

「ふふ、羨ましいって顔に書いてるよ?」


 ルリアがクスクス笑った。


「エストも無理しないでいいじゃん。一緒に行こうよ~」


 こういうとき、ルリアは強い。


 嫌味にならず、自然体で相手を誘うことができる。


 そういう『空気感』を作り出すのが、やたらと上手いのだ。


 それは根本的に、ルリアが他人を好きだからなんだろう。


 純粋な好意が伝わってくるから、不快な気持ちが湧かない。


 一緒にいて楽しいし、癒されるんだ。


「し、仕方がないな。私は軍人として集団行動の訓練の一環として、貴様たちと行動を共にしよう」




 そしてさらに――。


「あの……先日は助けていただき、本当にありがとうございました……」

「うおっ!?」


 いきなり背後から声を掛けられ、俺は思わず飛びのいてしまった。


 振り返ると、そこには眼鏡をかけたおとなしそうな美少女の姿。


 ソフィだ。


「あの後、心や体の調子はどうかな、ソフィ?」

「はい、問題ありません。むしろ快調なくらいです」


 微笑むソフィ。


「それはよかった」


 俺も微笑みを返した。


「あ、あと、その……」

「ん?」

「キス……してしまって、本当になんとお詫びをすればよいか……」

「い、いやいやいやいや! それはいいから!」


 俺は思わず叫びながら両手を振る。


 ぞわりっ。


 背後から強烈なプレッシャーが押し寄せるのを感じて鳥肌が立った。


「ふうん?」


 ルリアが、アーシャが、エストが、俺を見つめている。


 な、なんか、みんな怒ってないか?


 言っておくけど、あれは事故だからな、事故!


 ……と口に出して言いたいのだが、言ったが最後、彼女たちはますます怒りそうな気がしてならなかった。


 なぜかは分からないが、そんな気がするんだ。


 強烈に。


「ま、してしまったものはしょうがないけど?」


 ルリアがジト目で俺をソフィを見つめ、


「あたしだってしてるんだからね。イーブンよ、イーブン」

「はあ!?」


 アーシャとエストが同時に声を上げた。


「ち、ちょっと、どういうことですか、ルリアさん!」

「私は報告を受けていない。詳細な説明を求める……!」


 二人が俺に詰め寄ってきた。


「い、いや、だから、その……」


 女子四人に囲まれ、俺はすっかりタジタジだった。


 そして、さらにさらに、

「にぎやかですねー。あたしも混ぜてよ、先輩♪」


 ベローナまでやって来た。


 俺の周りが、どんどんかしましくなっていく……。




「さて、と」


 登校後、俺はルリアたちと別れ、ロッカールームに入った。


 俺は学園唯一の男子生徒のため、ロッカーが他の生徒から離れた場所に設置してある。


 そこで荷物を置き、支度をしたうえで教室に向かうのだ。


 と言っても、今日はいつもの教室には向かわない。


 校舎の最上階までやって来た。


 前方の教室には『選抜クラス』という札がかかっている。


 その名の通り、各学年から10人程度の有望な生徒を選抜し、結成された精鋭クラスである。


 その一員として俺も選ばれた。


 学園が再開される二日前に、俺に連絡が来たのだ。


『ギルバート・ソウル、君の今期の戦績は非常に優秀であり、「選抜クラス」の一員として認定する。以後、よりいっそう励め』――と。


 なぜ突然そんなクラスを作ったのか、といえば、もちろん先日のヅェルトリア襲撃事件が理由だろう。


 学園も危機感を高め、今後起こり得る正体不明の敵――つまりは異界人や異界のモンスターだ――とも交戦に備え、有望な生徒をより一層鍛え上げようという動きになったそうだ。


「歴史が変わり始めてるんだな……」


 感慨深い。


 なぜなら『一周目』の世界には、この選抜クラスはなかったから。


『一周目』とは異界の侵攻のタイミングがズレたことで、歴史自体も変わり始め、そして動き始めたんだろう。


「あ、ギルだ~。今日からよろしく~!」


 教室に入るとルリアが挨拶してきた。


 当然、彼女もこの選抜クラスの一員だ。


「ルリアとクラスメイトになるなんてな」

「あたしが一つ年上だから、同じクラスになるのは諦めてたよ……嬉しい」


 ルリアは感慨深そうに言った。


「またお会いしましたね、ギルバートさん、ルリアさん。本日からよろしくお願いいたします」

「貴様と同じクラスというのも悪くないな」

「よ、よろしくお願いしますぅ」

「先輩、今日から一緒だね~!」


 アーシャ、エスト、ソフィ、ベローナたちがいっせいに挨拶してくる。


 さっきの登校風景と同じく、かしましい状況ふたたびだ。


「みんな、よろしく」


 そして――今日から新たな学園生活が幕を開けるのだ。




***

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