3 デレるアーシャ
「別にいいじゃないか。猫、好きなんだろ?」
「うう、可愛いなぁ、と思って……」
エストは拗ねたような顔だ。
猫を愛でている場面を俺に見られたのが、よほど嫌だったのかな。
「ごめん。盗み見をするつもりはなかったんだ。ちょうど君が猫を可愛がってる場面に出くわしてしまって……」
「ええい、何度も言うな! 思い出すだけで恥ずかしい!」
にゃーん。
そのとき箱の中の猫が小さく鳴いた。
「あ、びっくりさせてごめんね! つい大きい声を出しちゃったの! 許して猫ちゃん……ああ、それにしても可愛いなぁ」
ほっこりした顔になるエスト。
「可愛いよな、猫って」
俺も同調する。
「ほう? 貴様、猫派か」
「俺は犬も猫も好きだ」
「むう……犬派でもあるか、まあいいだろう」
エストが俺をジロジロ見る。
「貴様への好感度を少しだけ上げてやる。猫に免じてな」
「どうも」
「ただし、試合は別だぞ」
エストが俺をにらんだ。
「落胆しろ。一週間後に行われるクラス対抗戦の一回戦、貴様の相手は、この私に決まった」
クラス対抗戦の組み合わせってもう決まったのか。
「エストが相手か……」
俺は思わず苦い顔になってしまう。
できれば――もう少し後で当たりたかった。
「ふん、勝ち目がないと悟ったか?」
「いや、そうは思わないけど……ただ現時点の俺は君に相性が悪い。それは確かだ」
俺はエストを見つめた。
彼女の得意戦法は――身もふたもなく言ってしまうと『大火力によるゴリ押し』だ。
一方の俺は、魔法の技術や呪文の豊富さ、同時詠唱のような特殊スキルは前世の最終期を引き継いでいる。
ただ、魔力量に関しては、前世での魔法学園在籍時のそれだ。
つまり――魔力が低い。
ビアンカやナザリーくらいのレベルなら、どうにか技術でごまかして対応できるけど、エストの魔力量は桁が違う。
俺は、圧倒的なゴリ押しタイプには相性が悪いのだ。
「ま、遅かれ早かれ、いずれは君に勝たなきゃいけないからな。必ず対抗策を編み出してみせるよ」
「……ほう。前向きだな」
エストがわずかに目を見開いた。
「てっきり不安な顔をさらすと思ったが」
「正直、不安はある。けど、俺には勝たなきゃいけない理由がある」
俺はニヤリと笑った。
「だから勝たせてもらうよ。今度の試合」
「いいだろう。私は私で軍の矜持と国の誇りを背負っている。貴様などに負けるわけにはいかん。いや――」
エストの表情が引き締まった。
「世界最強バーンレイド帝国の名を背負う者として、誰にも負けるわけにはいかん……!」
……君はそのために『造られた』んだものな。
俺は内心でため息をついた。
にゃーん。
と、そんなシリアスな空気をぶち壊すように、猫が可愛らしく鳴いた。
「ふにゃぁぁぁぁ、やっぱり可愛い」
たちまちトロンとした顔になるエスト。
「すりすりすりすり」
にゃーん。
頬ずりをするエストに、猫は小さく鳴いた。
「……と、和んでばかりはいられないな」
さっそく対策を練らないと。
といっても、俺一人じゃ練習もできない。
彼女に――相手を頼んでみるか。
翌朝、教室に行くなり、アーシャが歩み寄ってきた。
「ごきげんよう、ギルバートさん」
ふぁさっ、と長い銀髪をかき上げながら、アーシャは優雅に挨拶をする。
「おはよう、アーシャ」
最近、よく話かけてくるんだよな、アーシャ。
前は明らかに俺のことなんて眼中にない、って態度だったけれど。
やっぱり選出戦がきっかけになったんだろう。
「クラス対抗戦、対戦相手が決まりましたわね」
「ああ。一回戦はエストらしい。昨日、本人から言われたよ」
「あら、エストさんと会っていたのですか?」
「放課後にちょっとな」
「……もしかして、プライベートでは仲がいいとか?」
一瞬、アーシャの表情が険しくなった。
「えっ? 仲がいいってほどじゃ……でも、昨日はエストの別の一面が見られて嬉しかったな」
猫を相手に蕩けまくっていたエストの姿を思い出す。
うん、なんだか和んだ。
「へ、へえ……そういう間柄ですの……」
アーシャの表情がまた険しくなった。
「嬉しそうな顔をして……わたくしの前では、そんな顔は見せないのに……ぶつぶつ」
と、眉間を寄せるアーシャ。
なんだなんだ?
「と、とにかく……試合、がんばってくださいませ」
「ありがとう」
俺はにっこりと笑った。
「気遣ってくれたんだな。アーシャって昔から優しかったもんな」
「っ……!」
アーシャの顔が赤くなった。
「な、な、な、何をおっしゃいますの……!? わたくしはただ、その、お、同じクラスだから、えっと級友にエールを送ったまでですわ……っ」
「嬉しいよ」
「っっ……!」
アーシャはますます顔を赤くした。
「そ、そんな風にストレートに言わないでくださいませ。恥ずかしいので……」
「アーシャ?」
あれ、こんなに照れ屋だったっけ、アーシャって。
まさか前世とはみんなキャラが変わっている……!?
あるいは――まさか、歴史自体が変わっている?
そう考えると、急に胸がざわついた。
俺の目的は世界の破滅を止めること。
その計画は、前世と同じようにこの世界の歴史が進む――というのが前提になっている。
もしこの世界の行く末が前世とはまったく違うなら、計画自体を建て直さなきゃいけない。
と、
「そ、そうですわ、よろしければ、後でわたくしがあなたの訓練にお付き合いしましょうか? えっと級友のよしみで」
「ありがとう。でも、もう他の人に訓練の相手を頼んでるんだ」
実は昨日のうちにルリアに言って、訓練相手を頼んでいたのだ。
今回は選出戦の時と違い、苦手相性の相手だ。
こっちも対策を練らなきゃいけない。
「……へえ、わたくし以外の相手と……へええ」
あれ? またアーシャの表情が険しくなった。
「あの、アーシャ?」
「では、その方とどうぞ仲良くなさってくださいね? ……ふんっ」
ぷいっと顔を背け、アーシャは去っていった。
急に照れたと思ったけど、最後は前世の彼女らしい態度だ。
やっぱりキャラ変わってないよな。
***
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