12 選出戦、決勝

 俺は試合を終えて、闘技場から降りた。


「決勝の相手があなたとは意外ですわ」


 と、アーシャが歩み寄ってきた。


「学園最弱のギルバートさんがあのビアンカさんとナザリーさんを連破するなんて……」

「そろそろ学園最弱っていうのは卒業しようと思っただけさ」


 俺はニヤリと笑った。


「確かにあの二人に勝ったなら、あなたはもう最弱ではないのでしょうね。ただし」


 アーシャの表情が引き締まった。


「わたくしには勝てませんわ」

「やってみなければ分からないだろ」

「分かりますわよ。あの二人とわたくしの決定的な違いを見せて差し上げますわ」


 と、アーシャ。


「いずれの試合も相手の攻撃を防ぎつつ、隙をついての反撃で勝利――それがあなたの必勝パターンなのでしょう?」


 こっちの戦型をきっちり分析されている。


 彼女に、俺に対する油断はなさそうだった。


 そのうえでアーシャは『自分が必ず勝つ』と絶対の自信を漂わせている。


「ですが、わたくしには通用しませんわよ」


 言って、彼女の笑みが深くなる。


「防ぐ暇もなく、一瞬で勝負をつけて差し上げます」


 確かに――ビアンカやナザリーと、アーシャの戦闘スタイルはまったく違う。


 少なくとも二人にやったような戦法は、アーシャには通用しないだろう。


「自信家だな、あいかわらず」

「自信ではなく、これは確信ですわ。わたくしは魔法の戦いにおいて、負けたことがありません。ただ一人、学園最強と呼ばれるルリア先輩を除いて」


 アーシャが一瞬、顔をしかめた。


 去年、彼女が一年生だったとき、学内の選抜戦でルリアと対戦し、彼女は生まれて初めての敗北を喫していることを俺は覚えていた。


 それ以外に、アーシャは負けたことがない。


「今のわたくしは、あのときのわたくしを超えています。今年こそはルリア先輩に雪辱しますわ。その前に、あなた程度に負けていられないのです」


 彼女には彼女の、負けられない理由がある。


 ナザリーがそうだったように。

 たぶんビアンカもそうであるように。


 みんな、何かを背負って戦っているんだろう。


 けれど、それは俺も同じだ。


「君が強いのはよく知ってるよ、アーシャ。だけど、譲れない」


 俺は彼女を見つめた。


「勝つのは俺だ」




 決勝戦は昼休みを挟み、午後一番に行われる。


 俺は校庭のベンチで軽く昼食を取っていた。

 と、


「あ、聞いたよ。決勝まで進んだんだって?」


 ルリアが歩み寄っきた。


「すごいね。公式戦初勝利じゃない」

「あ、そういえばそうだった」

「もう、忘れてたの? おめでとう、ギル」


 ルリアが嬉しそうに笑う。


 俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「……子ども扱いはやめてくれ」

「あれ? 拗ねた? そういうところが子ども」

「一つしか違わないだろ、年齢」

「この年代の一つってすごーーーーーく大きいと思うな、おねーさんは」

「まったく……」


 ルリアは本当に変わらない。


 いつも優しく、明るく、俺を癒してくれた。


 俺を見守ってくれた。


 俺にとって実の姉のような存在――。




 その顔が、前世の彼女の顔に重なった。

 俺を刺し、その返り血を浴びて冷然としていた顔に。




 君は――今回も未来で俺を裏切るのか?


 一瞬、そんな考えが浮かび、胸が痛くなった。


「? どうしたの、ギル?」


 ルリアがキョトンとする。


「いや、なんでもない」

「あ、もしかして、あたしに見とれてた? こんな美人な幼なじみがいてくれて嬉しい、とか感謝してた? ねえねえ」

「感謝はしてるよ。特にこの学園に入ってからは、君がいなければ、俺は一人ぼっちだった……」


 だからこそ、どうして前世の最後で君が俺を裏切ったのか。


 俺は、それを知りたい――。


「ふふふ、これはもうあたしに惚れるルート一直線だねっ」

「惚れるルートには入ってないけど」

「う、冷たい。そこをきっちり線引きするのがギルって感じ……ううう」

「なんで残念そうなんだ?」

「ギルの鈍感」

「えっ」


 今度は拗ねたような顔をするルリア。


 一体どうしたんだ?


「でも、いろんな公式戦で万年一回戦負けだったギルが選抜戦の決勝まで行くなんてね」


 ルリアが拗ねたような表情から、ふたたび嬉しそうな表情に戻った。


「そもそも立候補したこと自体が偉いよ」

「はは、俺もいつまでも負けっぱなしじゃ嫌だからな。いいかげんに一歩踏み出したいと思ったんだ」


 俺は笑みを返した。


 そう、まずは一歩を踏み出そう。


 このまま前世と同じ道を歩いていたら、また同じ破滅の未来が待っている。


 それを覆すために。

 今度こそ、世界を救うために。


 俺はこの学園で強くなる。


 そして、同じように前世の仲間たちをもっと強くしたい。


「ルリア――」


 俺は一つ年上の幼なじみを見つめた。


「ん?」

「……もし俺が決勝戦に勝ったらさ」

「うん」

「デートしてくれ」

「はあああああっ!?」


 ルリアの顔が真っ赤になった。


「えっ、そんなに驚くことか?」


 やけにリアクションが激しいな。


 前世での俺たちは戦友だっただろ。


 お互いに恋愛感情なんてなかったと思う。


 デートっていっても、それは言葉の綾で、彼女にだけは前世のことをちゃんと話そうかな、って思ってたんだけど――。


「デート? えっ、えっ、ちょっと待って? ギルってあたしのこと『そういう風』に見てた? 嘘、本当に幼なじみルート入っちゃった……!? ふふふふふふふ」

「ルリア……?」

「ん。分かった。デートだね! あたし、綺麗になっちゃうからね!」


 ルリアがにっこりと微笑んだ。


 めちゃくちゃ嬉しそうな顔だ。


 ……まあ、喜んでくれるのは何より。




 そして俺は――決勝戦に臨む。





***

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