10 決着と敬意
「ギルバートなんかに負けた……うううう」
ビアンカは悔しげな顔で俺をにらんだ。
「こんなの、何かの間違いだ……そ、そうだ、きっとマグレ! っていうか、君の運がよかっただけだよ」
「そう思うか?」
俺は彼女を静かに見つめる。
「確かに運やマグレで決まる勝負もある。けど、今のがそういう勝負だったと思うのか?」
「なんだって……」
ビアンカは俺をキッとにらみつけた。
俺は静かにその視線を受け止める。
「負けたとき、その理由や本質を見極めないと、強くなるための糧にはできないぞ?」
「何それ? 上から目線で勝ち誇ってるつもり?」
案の定、ビアンカは怒ったようだ。
でも――、
「違うよ」
俺は首を横に振った。
――この先、異界のダンジョンの侵攻が始まったら、できればビアンカにも戦力になって欲しい。
いや、この学園の生徒すべてに戦力になってほしい。
だから、彼女が強くなるためのヒントをあげたいんだ。
「ただの、クラスメイトのよしみだよ。気づいたことを伝えたかっただけだ。その……君がもっと強くなれるように」
「僕が、もっと強く――」
「上から目線のつもりはないんだ。でも、気に障ったなら悪かったな。忘れてくれ」
俺とビアンカの視線が絡み合う。
「……その目」
「ん?」
「僕を見下す感じがしない」
「? 君を見下す理由なんてないだろ」
「あるよ。僕、君に負けたじゃん」
ビアンカがぷうっと頬を膨らませる。
弱い奴は嫌い――。
試合前、彼女はそう言っていた。
弱者は強者の踏み台になればいい、とも。
「相手に勝ったからって、その相手を見下したりしないよ、俺は」
首を左右に振る俺。
「ふーん……」
ビアンカは俺をジト目で見て、
「ねえ、ギルバートは僕のためにアドバイスしてくれたんだよね? どうして?」
「さっきも言ったろ。クラスメイトのよしみだ。それと――」
俺は微笑み、
「お互いに全力で戦った間柄じゃないか。その敬意だよ」
「敬意……」
つぶやくビアンカ。
「なんかいいね、それ」
「はは」
俺は笑顔になった。
一方のビアンカは何事かを考えるような顔になり、
「……ふう」
ため息をついてから、フッと爽やかな笑顔になった。
「さっきの発言はごめんね。負けてちょっとムッときただけ。君のアドバイスは的確かも……」
手を差し出してきた。
「アドバイスありがと。それと――今まで馬鹿にしていてごめんね。詫びておくよ」
前世じゃナザリーと同じく俺をいじめ倒す感じの女だったから、こんな態度を取ってくるとは意外だった。
「……そういうキャラだったのか。今までの印象と違うな」
俺は彼女を見つめた。
「そう? 僕はいつでも僕だよ」
ビアンカが笑う。
「強い人には敬意を払うし、弱い人は見下す。この世界は弱肉強食だもの。強い者だけが価値のある存在――君は強かったよ、ギルバート」
「……できれば、弱い者を見下すのもやめてくれると嬉しい」
俺は苦笑した。
「弱いと思っていても、いつの間にか成長している……そういうこともあるだろ?」
「んー……まあ、君がまさにそうだもんね」
ビアンカがうなった。
「検討しとく」
「よろしく頼む」
俺はまた苦笑して、それから彼女を見つめた。
「そうだ、これも言っておくよ。最後の攻防で【ウィンドソード】を使われたときはヒヤッとした。対応するタイミングが少しでも遅れていれば、こっちの防御魔法が間に合わずに負けていたかもしれない」
「……そっか」
ビアンカはうなずき、小さく微笑んでくれた。
やっと、微笑んでくれた。
「じゃあ、少しは自信もっておくよ」
「ああ、ビアンカも強かったよ」
俺は右手を差し出した。
「ありがと、ギルバート」
ビアンカがその手を握り返す。
後に――風属性の魔法では世界一の魔術師となる彼女の片鱗が見えた試合だった。
俺が闘技場を降りると、
「お前がビアンカに勝つとはね……」
ナザリーが歩いてきた。
「次はあたしの試合だ。勝てば、お前と準決勝で戦うことになる。今度は――負けないからな」
小柄な彼女は俺を見上げるようにして、にらみつけていた。
当時は威圧しか感じなかったけど、こうして見ると可愛らしさを感じる。
思った以上に背が低くて、なんだか妹のような感覚があった。
……いや、俺に妹はいないけど。
もしいたら、こんな感じなんだろうか、と場違いな感想を抱いてしまった
「何をニヤニヤしている」
ナザリーが不機嫌そうな顔をした。
おっと、妙な感想で和んでいる場合じゃない。
「言っておくけど、この間のことはあたしの油断だ。最初から本気でやれば、お前なんかに負けるものか」
今にも攻撃魔法を撃ってきそうなほど闘志にみなぎっているナザリー。
「お手柔らかに」
俺は微笑を返した。
確かに、この間の勝利は彼女が俺の実力を把握していなかったことも大きな要因になっている。
ナザリーからすれば、俺なんて魔力量最底辺の雑魚に過ぎない。
その認識でいたから、俺が多重詠唱を使ったときに全く対応できなかったんだ。
もし最初から俺を警戒していたら、もっと違う展開になっていたはずだ。
「……ふん。そこで見てろ。さくっと勝って準決勝進出を決めてやる。そこでお前を倒すからな」
言って彼女は試合場に向かっていった。
「この間の分も倍返し……いや、三倍返し……いや五倍……十倍……百倍返しだ!」
「お、おう……」
その迫力に俺は思わず気圧された。
うーん、この前、彼女に完勝したことで完全に恨まれてる感じだなぁ。
ビアンカは試合後、俺を認めてくれたけれど。
たぶんナザリーは俺を認める気なんてない。
だけど、俺の方はもちろん彼女を認めている。
前世じゃ俺の仲間だったからな。
そうなる前に紆余曲折はあったけど――。
ビアンカがやがて成長して世界一の風魔法使いになったように、ナザリーは爆裂魔法において世界最強クラスの使い手になる。
そして俺と共に異界のダンジョンを攻略していくんだ。
願わくば――今世では早い段階から打ち解けて、本当の仲間になりたいものだ。
「と、始まったか」
感傷に浸りかけていた間に、ナザリーの一回戦が始まっていた。
相手は防御魔法を得意とするタイプだ。
だけど、
「はああああああああ、【ブルーボム】!」
ナザリーは爆裂魔法を連発し、一方的に追い込んでいく。
相手は防御魔法の【シールド】を重ねて張っているが、ナザリーの放つ爆裂魔法の威力が強すぎて、その【シールド】が次々に破れ、破壊されていく。
「まだ粗削りだけど、さすがにすごいな……」
俺は感心した。
この間のいざこざのときとは、まるで違う。
これがナザリーの本当の実力か。
「きゃああっ、ま、待って! もう無理ぃ……!」
相手の女子が悲鳴を上げた。
ぱりいいいいんっ。
【シールド】の最後の一枚が砕け散った。
「降参するから! ねえってば!」
「はあ? 聞こえなーい!」
ニヤリと笑って、ナザリーはなおも爆裂魔法を放った。
「【ブルーボム】!」
「【グリーンボム】!」
「【レッドボム】!」
各種爆裂魔法を交えながら、相手を打ちのめしていく。
闘技場全体に張られている安全用の防御結界が働いているから、対戦相手が大怪我をすることはないが、ノーダメージというわけでもない。
「あああっ、や、やめて……許してぇ……私の負けだからぁ」
「だーめ! あたしの強さを見せつけてやるんだ!」
敗北を認めた相手を、ナザリーはなおも叩きのめしていた。
何かにとりつかれたように――。
「おらっ、次はこれだ! 【イエローボム】!」
戦意をなくした相手に、ナザリーが生み出した黄色の光弾が向かっていく――。
「そこまでだ」
俺は右手を突き出した。
「【イエローボム】!」
ばしゅんっ!
俺はナザリーとまったく同じ攻撃魔法を生成し、爆裂魔法を相殺した。
「……何すんだよ」
「こっちの台詞だ。もう勝負はついているだろう。追い打ちをかけるのはやめるんだ」
俺はナザリーを見据えた。
それから対戦相手の女子に駆け寄り、
「大丈夫か? 怪我したなら治癒魔法をかけるぞ?」
「う、ううん……平気……」
言いながら、上体を起こす彼女。
「ギルバートくん、助けてくれたのね……ありがとう」
「無事でよかった」
俺はにっこりと笑った。
「ちっ、別にあたしだって殺すつもりはねーよ」
ナザリーが舌打ちした。
「けど、これは勝負だ。敗者は徹底的に叩きのめす――勝負の鉄則だろうが。まったくイラつくぜ」
不満げな顔だった。
「これは試合だ。決着がついたら、そこで終わり。過剰な攻撃は控えるべきだ」
「はあ、いいこちゃんだねぇ」
ナザリーが肩をすくめた。
「そんなお優しいことで実戦が勤まるのかよ。あたしたちは戦闘用の超魔導師として育成されてるんだぜ?」
「だからって、勝負がついた相手を傷つけていいわけがない」
「それが甘いっての。だからお前は気に入らねーんだ」
言って、ナザリーは背を向けた。
「あたしは勝たなきゃいけない……勝ち続けなきゃいけないんだ」
「えっ」
「それをお前なんかに……あんな屈辱、許せるか……!」
「俺に負けたことか?」
「あれは本気じゃないって言ってるだろ!」
振り返ったナザリーは涙目だった。
「あの屈辱は1000倍にして返してやる……!」
さっき100倍返しとか言ってなかったっけ?
どんどん数が増えてるなぁ……。
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