第32話 ラビの想い
タキナが街へ行き、俺とラビは洞穴でふたりきりになった。
ラビの呼吸がやけに大きく聞こえる。
うさぎアバターの姿をやめ、少女の姿になったラビは近くで見ると可愛らしくて卒倒しそうだ。
だが彼女は妹分である。
先日まではむしろ弟分でさえあった。
「あ、お兄ちゃん。クワガタが歩いているよ!」
住まいが樹の洞穴なためか、たまに家の中にクワガタやカブトムシなどが登場するのだ!
「えい。元気でね!」
クワガタを掴み、外に逃がした。
ラビは虫を掴むことに抵抗はない。
虫に抵抗がないと想ったが、さらに上を行く虫愛づる姫君だったようだ。
「ラビは優しいな」
「優しいだけじゃ生きていけないけどね」
俺も思うことだ。
残酷と理不尽がこの世界の本質だ。
優しい人間が殺されていくなら、世界はどこまでも残酷にインフレーションしていく。
ならば覚悟が必要だ。
優しさを持つ人間が、残酷さのみで生きている人間を駆逐しなければ……。
「大人になりたかったんだ」
ラビはぽつりと漏らした。
「ラビは本当は10歳だったんだから。俺の超成長痛もそうだけどよぉ。強制的に成長するとどっか辛いんじゃないのか?」
「平気だよ。私のは強さってより。外見のイメージなだけだから」
現世の記憶と比べてずっと女らしくなっている。ラビは10歳の姿から15歳相当まで成長したようだが、それでも背が低いからまだ子供に見える。
かつて虐待を受けていて欠食児童だったのもあり、140センチより伸びるイメージが彼女には抱けなかったのだ。
俺達と一緒にいるときはマカタプの肉ばっかりだったけど、どうにか飯を食っていた。
「背ぇ、測るか?」
試しに俺は提案してみる。
「でも、メジャーないよ」
「タキナが50センチの定規もってただろ。これをこうして……。柱の壁に印を傷を付けるんだよ」
タキナの50センチ定規を上手に使い、ラビの頭の天辺までを測ってみる。
「ここが1メートルラインだろ。で、柱に傷をつける」
「ここに合わせるの? んしょ」
ラビは柱に頭をつける。
「141センチだな」
ラビは驚いた顔をした。
「3センチ伸びてる! 前は138センチだったのに……」
「この世界に来て一ヶ月近く経つからな。成長期なんだから伸びもするだろ」
「ふふ。追いついてきたね。でも大きくなったら、背中踏むマッサージできないよ」
「俺はご褒美だから大歓迎だぜ」
「もし私が300キロくらいになっても?」
「ラビなら大丈夫だぜ。お姫様だっこしてやる」
「えっへへ。もう。冗談だよ」
ラビはどこか俯きがちだ。
ふたりでベッドの端に腰掛ける。
「今日はメイド喫茶はいいのか?」
「午前だけ有給休暇を貰ったの。この世界にはまだ法がないけど。法がないからこそ有休が大事だってレーゼさんがね」
メイド長のレーゼさんはやはりすごい人らしい。
ベッドに座るラビが、お尻をずらして俺に接近してくる。
「嫌なこと、忘れない?」
それは合図のはずだった。
ラビの振り絞った勇気だった。
でもこのときの俺は、あまりに子供だった。
「忘れられねえよ」
「え?」
「追放の恨みは忘れられない。石を投げられた。仕事さえ回して貰えなかった。街から追い出された。屈辱は忘れられねえよ」
「私は、そんなつもりじゃ……」
「ラビのことは俺が守る。そしてイバラも取り戻す。毒島に奪われたけど、病院では一緒に冒険するって約束したんだ。だから」
「イバラお姉ちゃんは戻ってこないと思うよ」
ラビの言葉は、俺の歯車をズラした。
「どういう、意味だ?」
「イバラお姉ちゃんはお兄ちゃんが知っているような人じゃ無いと思う。私は……。ううん。僕はイバラお姉ちゃんのことを、お兄ちゃんよりも知っている」
この一瞬、ラビは入院していた頃の《弟分》に戻った。
「イバラは毒島に騙されているだけで……」
「毒島を受け入れていたとしても?」
「……それでもだ。毒島ら全員には復讐をする。だけどイバラだけは……。直接会って問いただしたい」
「無理だと思うよ」
ラビの言葉は俺を歪めさせる。
「なんで、そんなこと、いうんだよ」
「同じ女だからわかるんだ。僕はお姉ちゃんのことは嫌いじゃ無かったけど。好きでも無かった」
「病院では三人で、一緒に元気になろうって。励まし合っていただろ。どうして……」
「正直にいうよ、お兄ちゃん。僕とイバラお姉ちゃんは、お兄ちゃんが居たから一緒にいれた」
「残酷なこと、いうなよ」
「でも〈真実〉だよ。目を覚まして」
ラビの言うことは真実なのだろう。
だけど俺はイバラが好きだった。
その女を、奪われたんだ。
取り戻さないでいられるわけないだろ?
「お兄ちゃん。復讐はやめよう? お姉ちゃんは……。姫宮イバラは危険だよ」
「復讐をやめろなんて、できねえよ」
「私じゃ、駄目なの?」
ラビの眼は潤んでいた。
俺は幼い彼女に手を出すことに抵抗があった。
何よりラビの肩も震えていた。
「ぐぅ……頭が……!」
また頭痛がする。
「僕が弟分に甘んじていたのは、女のままじゃお兄ちゃんを守れなかったから。女の子のままじゃお姉ちゃんに目を付けられるから」
「よく、わかんねーよ」
「弟って思われても、側に居たかったんだ。病院にいたときから……。もし女の子になっていたら、イバラお姉ちゃんは僕を取り除こうとしたから」
「ラビ……。昔からイバラと因縁があったなんて。気づけなくってごめんな」
今ラビが僕になっているのは、イバラが絡むときに、《弟分》を演じようとしているということだろうか。
彼女がふたつの名前を持つ意味。
トワ=僕。
ラビ=私。
なのかもしれない。
「復讐はやめない。これだけは譲れない」
血なまぐさい話になってしまい、甘かった雰囲気は消えてしまった。
「一度だけ、触らせて……」
ラビは腕を開く。
俺の方から、彼女を抱きしめる。
「温かいな」
「ふぇ。急だよ。ぎゅむぎゅむ~」
「抱え込ませちゃったんだな」
「今はこれだけで、いーよ」
「俺も……。君のことは守りたい。イバラを取り戻して問いただしたいのはある。でも一番は君だ。それだけは約束する」
「うん。……うんっ!」
子供の甘えのような抱擁だった。
俺も同じ、か。
まだ大人になりきれていない。
「午後だから。お仕事行くね」
「俺も狩りに行くよ」
「おいしいお肉、待ってるよ」
ラビとは家族には慣れたけど、まだ恋の形にはなれなかった。
復讐を成し遂げなければ、俺は前に進めない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今は家族になれただけで十分だった。
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