第9話 奈落へ進む


 始まりの丘から少し離れた巨大な大樹の根本に〈兎の洞穴〉があった。


 洞穴の中は部屋になっていて、小さなベッドやキッチン、水道などの設備がある。


 俺はラビに連れられて、洞穴まで来て……。


 ずっと倒れるように眠っていたようだ。


「起きた?」


 目覚めても、意識は朦朧としたままだ。

 自分の身に起きたことを、思い出したくなかった。


「あったま痛え……」


「マカタプの肉でお鍋を作ったんだ。あったまるよ」


 部屋の真ん中ではラビが囲炉裏で火を焚き、鍋を煮込んでいた。


「食べる気が、しねえよ」

「スープだけでも、いいからさ」


 うさぎのもふもふの手が、スプーンでスープを救い、俺の口に運んでくる。

 スープは優しい味がした。

 

 俺は眼の前のうさぎに疑問を投げかける。


「君はラビって言ったけどさ。トワなんだろう?」


〈白咲ラビ〉となのるうさぎアバターは、誤魔化しているようだが、どう考えてもかつて現世の病院で一緒に入院していた子供〈白咲トワ〉だった。


 女の子にしか見えなかったが男の子だと言っていたので、弟分として、入院生活を共に過ごしていた間柄だ。


 なのにラビは、正体を明かさない。

 姿もうさぎアバターのままだ。


「僕はお兄ちゃんのことは、後ろで見ていればいいから……」


「やっぱり、トワだったんだな。そのうさぎの姿も……」


「お兄ちゃんから貰ったプレゼントがあったから、イメージを媒介にして、アバターとして顕現できたみたいなんだ」


 やはりそうだ。


 トワはうさぎのぬいぐるみが欲しいと言っていたから。俺は病院からの外出許可を貰ったときぬいぐるみを買ってきて、プレゼントをしたんだ。


 手術が成功しますように、と。


 結果はソウルワールドにいる時点でお察しだが、魂だけでも生きてこうして再会できた。


 なのにどうしてトワは隠し事をしているのだろう?


「どうして姿を見せてくれないんだ?」

「恥ずかしいから……」

「弟なのに、恥ずかしいも何もあるかよ」


 ここで俺は言いすぎたと思った。


「悪い。色々、あるよな」


「ううん。お兄ちゃんはちゃんと謝ってくれるから。安心するよ」


「理由が知りたいだけなんだ。名前を変えたのだって……」


「僕は、自分を変えたかった」


 俺はラビ(トワ)について複雑な問題があるのだと推測する。


「わかったよ。後はいい。無理すんなよ」


「お兄ちゃんこそ、だよ。でも……しつこくないのも、やっぱり安心する」


「そりゃ、良かったよ」



 俺はトワ≒ラビと変換を完了する。


 記憶の中のラビは

 あどけない白い髪の子供だった。


 女の子にしか見えなかったが、本人曰く男の子だという。

 子供を好きになる趣味はないから、俺はイバラ一筋だったがな。


「うさぎがトワ……。ラビだったなんてな。なーんか安心したよ!」


 要点を整理したところで俺は、おちゃらけてみる。


「っにしてもなぁ~。号泣するなんてな。恥ずかしいところ、見せちまったなぁ~!」

「お兄ちゃんが号泣するところ、初めて見たよ」


「いやぁ。色々あってなぁ」

「知ってるよ。全部、知ってる」


 ラビの言葉に俺は衝撃を受けた。


「全……部?」

「ごめん。ずっとみていた。お兄ちゃんが心配だったから。だから街から追放されても、こうして助けることができたんだ。広い世界で偶然会うなんてありえないからね」


「そうか。そう、だよな」


 見られていたことに怒りはあった。

 だが、今生きているのはこいつのおかげだ。

 寝床をくれたのもご飯をくれたのも感謝をしている。


「イバラのことも?」

「街の噂で知ったよ」


 イバラを別の男に奪われた。

 知られることは俺にとっての屈辱だった。


 けれどそれ以上に……。

 俺たちはよく三人で遊んだ仲だったんだ。


「ごめんね、お兄ちゃん。つらいよね」


 俺は鍋を一口に啜り、飲み干す。

 無理矢理にでも眼に力を戻す。


 この時俺は、見栄を張っていた。


「なあラビ。俺はイバラを連れ戻すよ」

「お兄ちゃん……?」


「そして俺を追放したパーティ全員に復讐をする。絶対に復讐をする」


「僕は止めることはできないよ。でも、死ぬような真似だけは……」


「止めんなよ。いくらお前でも俺は止まらねーよ」


 マカタプの鍋を飲み干す。

 充電完了だ。

 立ち上がり、うさぎの洞穴から這い出る。


「世話になったな。もうつけるような真似はするなよ」

「……ダメ!」


「離せよ」

「一緒に、いたいんだ」


「顔も見せないような奴とか?」

「それは……」


 俺はラビのもふもふの手を振りほどく。


「ガキに助けられるほど、俺は落ちぶれちゃいない。それに今から俺がすることは復讐だ。ソウルワールドでの平和な生活じゃない」


「お兄……ちゃん」

「もう俺に構うのはやめろ。名前まで変えたんだ。ちゃんとやり直せよな」

「アルト……。お兄ちゃん!」


 俺はうさぎの手を振り切り、走り出す。


 病院での記憶が蘇る。

 トワのことは弟分にしていた。


 車椅子に座っていたのでよく押して歩いて、虫取りなんかに行ったっけ。

 俺は歩けていたけど、トワはもっと苦しそうだった。

 姫宮と同じくらい、俺にとって大切な人だった。


 再会を喜びたいのはあるけれど。

 これから俺がすることは絶対的な復讐だから。


 巻き込むわけには行かない。


「じゃあなラビ。世話になったぜ」

「待って。待ってよ! 僕は……」


 雨はまだ止んでいなかった。

 俺は構わず、雨の中を進み、先日の毒沼竜の洞窟へと向かった。


(洞窟の先に、さらなるダンジョンがある。今の俺はどこにも入れない。だったら誰も行ったことのない場所で、何かを得るしかない)



 俺は何度も、殺されたようなものだった。


 毒沼竜の肉壁とされた。


 恋をしていた仲良しの女の子、姫宮イバラを奪われた。

 守ったのは俺なのに、イバラは俺を裏切った。


 毒沼竜撃破の功績も、毒島の嘘によって奪われた。


 街の居場所がなくなった。

 仕事さえも紹介してもらえない。


 社会的に抹殺され、精神が崩壊した。


 もう、十分だろう。

 失うものはなにもない。


 俺を殺した奴を殺しにいく。

 そのために強くなる。

 当然のことだろ?


「がむしゃらにやるしかねえ。魔獣を狩る。素材をゲットして貯める。別の町で売りさばく。あるいは俺自身が、モンスターや冒険者を殺せる実感を得る」


 闇に染まってやる。

 話はそれからだ。


 俺はラビの優しさを振り切った。


【奈落】へ至る道へと、歩き出したのだ。


――――――――――――――――――――――

もうバレバレだと思いますがラビは女の子ですw

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