主人公への電話

 もしもし、初めまして。

 えっと、あの、その。

 この電話で合ってますかね。

 相談を聞いてもらえるってことでいいんですよね。あぁ、すいません、有難う御座います。

 実は、その、家族のことなんですけど。母が、ちょっとおかしくなってしまって。

 最初のうちは、少しだけだったんですけど、段々、ある人の弟子になりたいとか、自分も同じようなことをしたいと言い始めたんです。

 本当に、急なんですよ。

 近所の人にも、いかにその人が素晴らしいかを説明し始めて、嫌われちゃって。そのせいでますます酷くなっているんです。

 僕も、なんとか母のことを救おうとしたんですけど。僕の言葉なんて何も響いていないんです。

 凄く高くて無駄なものを大量に買わされて、借金背負い込んじゃうタイプの人っているじゃないですか。母は、まさにそれでした。頼られるとやっちゃうし、そのせいで心が病むと、変なものを自分の心の拠り所にしちゃうし。凄く面倒臭いんです。

 その、母が影響を受けた、尊敬している人っていうのが。

 連続爆弾魔のナキメソウなんです。

 おかしな話でしょう。爆弾魔のことを好きになっちゃうなんて。

 だって、犯罪者ですよ。

 人殺しですよ。

 クズで、ゴミですよ。

 あなたもそう思いませんか。

 なのに、母はナキメソウの生き方に惚れたって言うんです。爆弾を使って社会とコミュニケーションをとるしかない熟成された孤独な哲学が素晴らしいって言うんです。

 爆弾は比喩にもなっていなくて、その行為以上の何ものでもない。爆殺された被害者たちは運が悪かっただけで、何か意味付けがされているわけでもない。だから、ナキメソウは日常の延長にいる天才犯罪者だ。

 殺人鬼にもなれるし、英雄にもなれる。

 爆弾魔を名乗りたいためにやっているわけじゃなく、なし崩し的にそこに行き着いただけでしかない。でも、その形を保てない在り方に自分と近いところを感じる。

 こんなことばっかり言ってるんですよ。

 どうです。

 僕の母、おかしいでしょ。

 そういう人なんですよ。

 僕、大学生なんですよ。研究もしなきゃいけないし、レポートも提出しないといけないし、テストの準備だってあるんです。心底、疲れましたよ。心が擦り切れそうです。

 他にも色々なことを言うんですよ。

 最近だと。

 あの女の警察官には気を付けて下さい、とかですかね。

 変でしょ。

 一応、僕の同級生に、警察官をやってる知り合いがいるので、大丈夫だよと言ってあげるんですけどね。

 母が誰のことを話しているのかは分からないんですけど。たぶん、僕が誰なのかも分かってないんでしょうね。ちょっと、寂しいです。

 ご飯を投げたり、布団を齧っちゃったり、水を出しっぱなしにしてどっかに行ってしまったり。もう、大変なんです。でも、僕の中には諦めたくない気持ちもあって、一つ一つ注意をするんです。やっちゃいけないよって。根気よく言えば分かる時がきっと来ると、信じてるっていうか、まぁ、言わないよりましかなぁ、くらいですけどね。

 あはは。

 そうやって注意されている時の母は、意味を理解できていないのか、僕が言ったこととを繰り返すんです。

 何度も注意したのに分かってない。分かってない、分かってないって言うんです。

 それは、僕のセリフだよって、思うんですけどね。まぁ、言っても無駄ですから、我慢してます。

 今、僕は自分の時間を犠牲にしているんです。

 僕の青春は、母に食べられてしまったんです。もう、取り返すことはできません。

 どうすればよかったんですか。

 母を見捨てればよかったんですかね。いや、殺してしまった方が良かったかもしれませんね。今のところ、僕は母に生き恥を晒すことを強制していると言えるのかもしれません。胸を張って母を手助けしているとは、到底思えません。

 あぁ、聞こえますか。向こうで母がまた何か叫んでます。たぶん、怒ってます。ちょっと行かなきゃいけないので、もう電話を切りますね。また、相談に乗ってください。

 すみません、ありがとうございました。

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