恋と愛に重さはあるのか、未満でモヤモヤする人々

木桜春雨

第1話 事の始まりはなかったことに、アイドルと父

 池神征二(いけがみ せいじ)が、その話を聞いたのは事後報告、全てが終わった後といってもよかった。

 自分の娘が街中で男に言い寄られて、見かねた通行人が止めようとしたのだ。

 このとき男が素直に引き下がれば問題は何もなかったのだ、ところが、男は自分を制止しようといた相手に対して腹を立てた。

 邪魔をするなといわんばかりに相手に殴りかかったのだ。

 ナンパしようと声をかけた男、止めようとした通行人という決して珍しくはない図式。

 だが、これが事件になったのは男が大型のカッターナイフを持っていて止めようとした通行人を切りつけたこと、ナンパされた女性が一般人ではなくアイドルだったこと。

 止めようとした通行人が女性で切りつけられ、殴られて気絶したことで事件になってしまった。

 普通なら新聞、ネットなどで記事になっていても不思議はないだろう、だが、そうはならなかった。

 

 娘から話を聞かされたとき、池神征二は驚いた、怪我がなかったことは幸いだ、ほっとしたが同時に、これで世間に彼女の事がばれてしまうのでは思った。

 アイドル、LIMA(リマ)は娘は別れた妻が引き取ったが、何故か父親である自分と仲が良い。

 だが、世間で、そのことを知っている者はいない。

 世間に公表、知らせないほうがいいと言ったのは別れた妻だ。

 名前が売れていた時だった。

 昔もだが、現在でも芸の関係、有名人の息子、娘がトラブルに巻き込まれる事件はある、昔ほどではないにしてもだ。

 国内もだが、海外でも仕事をしているのだ、妻の言葉に池神はそうだなと頷いた。


 「それでね、助けてくれた女性のことなんだけど」

 病院に運ばれて手当を受けたらしい、見舞いに行こうとしたLIMAだが、会えなかったのだという。

 後日、日を改めて行くと退院したのだと聞かされた、礼を言いたいので連絡先を聞こうとしたが病院側は教えてくれなかったという。

 街中での事件だ、目撃者など、通行人がいれば動画を撮る人間がいても不思議はない。

 ところが、それもなかった、違和感を感じて池神は自ら病院に問い合わせた。 

 「実は転院したんです」

 話を最後まで聞いた池神は納得がいかないと不可解な表情になったのは無理もなかった。

 「実はですね」

 医者は困ったという顔で女性は今、現在、意識不明の状態だという、そして、いつ目覚めるかも分からないという。

 「転倒した際に頭を強く、それと、傷が思ったより深くて、転院はあたら側の強い希望です」

 「でしたら、ご家族の方に」

 医者は首を振った。

 「彼女の家族、かなり高齢の老婦人ですが、見舞い、治療費などは不要だと」

 医者の言葉に池神は困惑した、普通ならあり得ないだろう。

 「正直、別の病院に転院の話が出たときは驚きましたが、ここでは十分な治療もできません、我々としては」

 これ以上、何も聞ける事はないだろうと池神は思った、説明する医者、本人の様子を見てもわかる。

 

 「LIMA、事件の事は忘れるんだ」

 「どういうこと、助けようとしてくれた、あの女性は」

 意識不明、いつ、目が覚めるか分からないということを話していいものかと迷った池神だが、娘は成人している、子どもではないのだ。

 「どういうこと、わからないわよ」

 「その女性、家族に事情があるのかもしれないが、詳しいことを病院が話すことはできない、家族ではないからね」

 「でも、あの男は」

 「そのことだが、他のアイドルに対しても、かなりしつこいつきまといをしていたようだ、今の仕事、続けたいんだろう」

 一瞬、悩んだLIMAだが、しばらく黙り込んだ後、辞めたくないと呟きを漏らした。

 「これからは気をつけるんだ」

 「はい、迷惑かけてごめんなさい」

 

 事件が表沙汰になることはなかった。

 そして、三年が過ぎた。

 

 「LIMA、写真集、出すんですって」

 仲の良い友人、アイドルに声をかけられてLIMAは頷いた。

 「驚いたわ、カメラマン、村沢さんでしょ、仕事、始めたなんて驚きだよ」

 頷くLIMAは不愛想笑いをしながら、その場を離れた。

 村沢武史(むらさわ たけし)、カメラマンとして名前が売れていたのは昔らしいが、その頃のことをLIMAは知らない。

 数年前から少しずつ、仕事を始めたらしいが、今回、アイドルの自分の写真集を撮るということで噂になっていた。

 どうして、そんな人が、驚いているのは自分のほうだ。

 昔は女優を撮ることもあったらしいが、かなり厳しいひとだったらしい、そんな人が、どうしてと思ったが、マネージャーは秘密ですと言うだけだ。

 だから、自分も深く尋ねる事はしなかったのだ。

 

 

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