【完全版】そして思いは人を呪う ーEven if you die.ー

おとも1895

そして思いは人を呪う

『_へ』

あなたの見ているのはどんな景色でしょうか。

過去の_にメッセージを書くのはなんだか恥ずかしいですですね。

_からはたった一つ。

幸せになれる道を選びなさい。



 ギィ、とその場に静かな音が響いて、禍々しい魔力に包まれたその場所の大門が不意に開かれた。少女はそちらを無意識に振り返った。


 目の前に聳え立つような大きな門をこじ開けたのは一人の少年であった。少年は、しばし時間の流れが止まったように感じた。

 少年が勇者となって、人々にもてはやされてからは久しく感じなくなっていたものだ。

 少年はただ少女に見惚れていた。

 ここまでずっとたおさねばと思ってやってきたのに。


 同様に、少年の視線の先で少年の方を振り返った少女も悲しそうな目で彼をじっと見つめていた。


(……あぁ、本当に)


 自分たちは大人に近づいたんだなぁ、と少年は目を細めた。

 魔王、彼女は同い年の魔王だ。

 そんな彼女が少年の名前を呼んだ。


「ハル。あなたなの? 本当に、あなたなの?」


 少年は息が詰まりそうになるのを必死に抑えて、彼女の名前を呼び返した。

 何かの間違いであってくれ、とまるで願っているかのように。


「あぁ、ハルだよ? あんたこそ、本当にシリアなのか?」

「うん、本当だよ。今さら疑うことなんて何もないでしょ?」


 今度こそ、少年は、いや、勇者は息をすることさえ難しくなった。

 あぁ、そうだった。

 そうだったな、と涙がこぼれ出てしまいそうになるのを必死に堪えながら思った。


 魔王と勇者はかつて幼馴染だった。

 幼少期、10歳まで共に過ごした大切な人だった。

 こうやって対峙してみてもう一度そう感じた。


「……さぁ、始めましょう? 最後の戦いを」


 言われて、少年はドキンと心が跳ねた。

 今までの戦闘では気にならなかったようなことも五感がとらえるようになる。

 匂い、軋み、隙間風。

 不気味にすら感じるそれら、少年の精神をずっと圧迫し続ける。

 

 少年は、やがて覚悟を決めたように剣の柄をギュとにぎった。

 鞘からそれを引き抜いて、そしてカラン、とその場に捨てた。


「どういうつもり?」

「っ……」


 心底怒ったように、シリアはハルにいった。

 勇者が剣を手放すな、と。

 手放してしまったら、それはもう味方への裏切りだぞ、と。


 ハルは、いいやと首を横に振った。


「戦いなんて、しなくてもいい。」

「話し合いをしましょうってこと? わたしはべつにかまわないけど……」

 世界がそれを許さない。

 魔族と人間の会話、至っては魔王と勇者の話し合いなど断固として認められない。

 それがわかっていたからこそ、勇者である少年は力なく笑いながら魔王に向かって言った。


「ちがうよ、そうじゃない。そんなことしなくても解決する方法がここにあるじゃないか」


 リシアは、魔王は首を傾げた。

 一体、どこにそんなものがあるぼだろう、と考えてみる。

 ここにあるのはせいぜいが彼女の私物だ。

 魔王だ、とかなんだかとか言われながらも捨てられなかった幼馴染との記憶の詰まった写真集が飾ってあった。

 部下たちも最初は咎めていたが、だんだんと受け入れるようになった小さい頃の小さな物語の結晶が。


「本当に分らないのか?」

「えぇ、わからないわ。このどこにそれがあるっていうの?。」


 聞くと少年は、少し黙った。

 それでも、彼は顔を歪めながら、無理やり笑おうとして失敗した顔で、はっきりと言い切った。


「ここで、魔王に唯一対抗できる勇者を殺して仕舞えばいい。」

「?!。そんなの。」

 できるわけがないじゃない、と魔王らしからぬことをリシアは言ったが、勇者の方はただただ、首を横に空く振るだけだった。

「これしかないんだ。これしか。勇者を殺して仕舞えば君は自由だ。やっと、魔王という束縛から、魔族という束縛から抜け出すことができるんだ。だから、早く。」


 いやだ、と少女の心が叫んだ。

 これまで幾人もの人間の死を見てきたが、この少年に抱いた気持ちは違った。

 死なないでほしい、じゃない。生きてたらいいなじゃない。


(私の前から、消えないで)


 この空白の数年間、ずっとそうだったのだと気がついた。

 どこかを振り向けば、必ず勇者がどうのこうのと必ず彼のことを耳にした。

 いつもどこかに、彼がいた。

 いつか迎えにきてくれるのだと、信じていられた。


「早くしてくれ、怖いんだ。」


 勇者の手は、ガタガタと震えていた。

 歯も食いしばって、少女に撃たれるのをじっと待っている。


「……うん、そうだね」


 そう言われて、少年はぎゅっと目を閉じた。

 いつ、痛みが来てもいいように。

 しかし、その衝撃はいつまで経っても襲ってこなかった。


「シリア?。」

「ア、アァ……」

「どうし……」


「いやだ! 置いていかないで! 私をひとりにしないで!」


 か細い声でそれでもはっきりとそう聞こえた。

 本当に小さい小さい声での必死の叫びだった。


「っ、別に置いていくわけじゃ……」

「置いてかないで、置いてかないで。置いてかないで!」


 少年は少女から目を逸らした。

 彼女がどうしても魔王にはみえなかったのだ。

 年相応な、死を怖がる少女にしか。

 月明かりが窓から入り込んでいる。

 それがちょうど彼女の影とかぶってしまって、表情は読み取れなかったが。


「昔と今で、関係性が変わってしまった人間たちの例なんて山ほどあるさ。それがたとえ、人間と魔族でも。変わらない、なんて言っている奴ほど、変わってしまっているんだよ。」

「……昔のままじゃぁ、ダメ、なの?」


「あぁ、少なくとも、俺とお前の関係はな。今さら元に戻れないよ。戻りたくても、戻れないよ」

「なんで?」

「勇者と、魔王だから」


 現実飲まれてしまった勇者は、そういった。

 この場において一番残酷な答えだった。


「一緒に、居たいよ」

「無理だよ」

「どうして?」

「勇者と、魔王だから」


 ついには、少女の方が先に壊れた。


「どうして、どうしてなのよ! どうして、私何もしてない! 何にもしてないのに急にあなたと別れさせられて、ここに連れてこられて! あなたと敵対させられて! 一緒にいたかった。昔みたいに勇者とか魔王とか関係なしに、あなたのそばにいたいよ……」

 少年は胸が痛くなった。


 今まで耐えてきた理不尽が、胸の中から溢れ出す。


 「あぁ、そうだよ。勇者だからなんだ。勇者は、魔王と一緒にいちゃダメなのか? おかしいだろ、人間と魔族っていう違いがあってもちゃんとわかり合って話し合って泣いて笑って遊んで怒られてそういう平凡な生活を望んでいただけなのに。俺も前も喧嘩することはあっても、こんなに大ごとにはならないくらいのもののはずだったのに! 大人どもの言ってることはテメェの家で飼っている犬はうちのと違うから殺してしまいなさいって言っているのと同じだろ」


 そして最後に、この世界に向かって吠えた。


「あぁ全く、これだから大人は嫌いなんだ」


「ハル?」


「世界なんて、なくなって仕舞えばいいんだ」


「うん、それもいいかも・・・・ね。種族だ、人種だってそんなことを言って敵対するような世界ならあってもなくても同じだよ」


「そうだなぁ」


「だからさ、私はきっと幸せな世界で待ってる」


「そうだといいな」


「だから、先に行かせて。ハル」


「いいよ。俺はお前をいつかたどり着くまで追いかける。今までみたいに、これからも。ずっとずっと。どこまでも」

 

 そう言って、諦めたように少年は床に寝転んだ。

 少女もそれにつられるようにして寝転んだ。

 少年は寝転んだまま少女に言った。


「一緒に行ってもいいんだけどな」

 少女は、それに対して否定を返した。


「だーめ」

「どうしてさ」

「そりゃぁ、私たちを散々コケにしてくれたような世界にはどっちかが復讐しなきゃ」


 ハッと、少年は笑った。

 覚悟を決めた目だった。

「俺はお前を殺す。あんたを殺して世界を救う。」


 少女は少年に笑いながら言葉を返した。


「それで私は救われる。でも、私が死んだら世界は終わる。」


 なぜなら、



「たった、種族の違い如きで、たった生まれの違い如きで人を、友を、大好きな人を殺さなければならないというのなら、俺がこの世界を呪ってやる。」



 そして思いは呪いになった。


「それが勇者お前魔王を敵対させた、全世界へのクソ野郎どもへの、せめてもの復讐だ」

 

 世界はそうして、呪いを受けた。

 いつまでもいつまでも、ハルはこの世界を呪った。


 人類が、一度滅びるまでずっと、ずっと。

 

 同時に今は亡き幼馴染と過ごした場所は聖域とみなし死ぬまで自身の住処とした。

 《終わり》よりもずっと前の話である。


「俺は、この世界を見届けるよ。君と過ごしたこの場所で。君がいたこの場所で」


 月日はながれ、呪いは深まり、

「……あぁ。もうワシも限界じゃな。最後にもう一度君に逢いたかったのう」


 今はもう、顔さえ思い出せないけれど。

 会いにきてくれれば君だとすぐにわかるよ、と。


 此度、一人の命が燃え尽きた。



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