サーロインとお散歩


(……)

ボスが目の前で脚を止めた。


やっと、存在に気付いた母が顔を上げた。

口から食べかけの草が垂れている。


(……)

後ろを向いて歩き始めたかと思ったら、ちょくちょくこちらを振り返る仕草をしてみせた。ついてこいというのだ。


何がなんだかわからないが、逆らう訳にはいかないだろう。


母マリアナはさほど気にしていないようで、雄牛と私をしばらく見つめたあと、またムシャムシャし始めた。


いつまで食べる気なんだ……。



まぁ、良いってことにしておく。


仕方なく大きな背中(おしり)についていく。



ー・ー・ー


ボス牛は体格の分、歩幅が大きい。

置いていかれないよう、たまに駆け足でいく。



一面の緑の中を闊歩するのはなんとも気持ちがいい。

時折りそよ風に吹かれ、毛がなびく。


私の体表はふんわりとした毛に覆われている。

母のようなゴツゴツした皮膚は見当たらない。これから生えて?くるのだろうか。


始めはウキウキルンルンとステップを踏んでいた。

少し疲れてきたが、ボスはなかなか止まらない。

振り向くことなく、尻尾を左右に揺らしながらひたすら歩いてゆく。

私も黙って後に続く。


しばらく歩いても放牧地の半分もいかなかった。すごく広いのだ。振り向くと母の姿は豆つぶほどになっていた。


脚が棒になりそうになりながらも、歩いていると、森が見えてきた。

放牧地の端だ。手間に年季が入り、ところどころ修理された防柵がたっている。



柵の向こうは鬱蒼とした雰囲気が漂っている。

日が当たり青々とした牧草とは反対に、森の中は暗く、木や下草が繁茂していた。



〈〈ゥ〜モオオオオー〉〉


いきなり、ボスが咆哮した。

声は牛だが、音量が桁違いだった。

重低音ボイスは森を駆け巡った。

耐え難い圧を感じ、私は思わず飛び退き、身を縮めた。



〈〈ギャーギャーギャー!〉〉


すると、柵を越えて正面に位置する大樹から、断末魔のような叫び声と共に無数の小鳥が飛び出した。


鳥たちを追い払うためだったのか。

でも、どうしてだろう。そこまで凶暴そうには見えなかったし、攻撃もしてこなかった。

サーロインが警戒するほどでもなかったはずだ。



ああ、そうか。ボスは私に鳥を見せたかったのだ。外を知らない私に教えてくれているのだ。イクメンだなあー。




小鳥が去った後、ボスはしばらく森を見つめていた。

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