夜鴉

 闇のなかうちほのめくあやめに重なるのは、ナウム・ラファの面影である。はためき宵闇を照らす篝火が、ともすればその花影を闇に溶かしこもうとする。

 長椅子にしどけないさまで背を預けるヨシュア公爵アッシャー・ジェレマイアは眉間の皺をそのままに片側の口角を持ち上げた。窓外を占める闇と花とに重なるものを連想したためである。

「これほどまでに」

 苦く甘いものが心のなかに渦を巻く。あまやかなものなどあってはならぬというのにだ。

 心の脆さなど誰が知らずも己がよく知っている。

 そう。

 誰が知らずともーーー自覚はあるものだ。目を背けつづける代償に暴虐を繰り返しているのだと。

 犯した罪。

 罪の証を目の当たりにしつづけた狂気。

 いや。端(はな)から狂うておったかーーーと来(こ)し方(かた)が脳裏を過った。

「ラファは死ぬのか」

 噛み締めるように呟いていた。

 命あるものは例外なくいずれ死ぬ。それは運命である。ラファを遠からず失うのだと知らされた刹那、わかっていてなおのこと、頭上から冷水をかぶせられた心地が彼に襲いかかった。同時に、彼は己があの脆弱な者に依存しているのだとまざまざと思い知らされたのであった。

 この手に馴染んだ肌の感触も、昂りともにあがっていく体温も、刻みつけたあの暴虐の痕、教え刻んだ快楽でさえ、消え去るのだ。

 遠からず。

 痛みに気がつけば手を握りこみ、手入れされた爪が掌の皮膚を破っていた。

 ああ。ああ。ああーーーと、遠く夜鴉が鳴いたような気がした。



















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