第69話 カイルに会いたい


妄想のヌシが、堕天使を破壊しながら進んだ先。

そこには、通路の壁に小さな穴が開いていた。


イレーネが、わたしに抱きつきささやく。


(ユリエラさん、あそこって私たちがいた部屋ですよ!

ここへ落とされた時にいた、部屋の入り口ですよね!?)


(そうね、うん……間違いないわ)


妄想のヌシが入り口に立ち、動かず固まっていた。

わたしたちはその様子を、注意深く観察する。


暫くしてヌシが動き出し、部屋へと入っていった。

わたしとイレーネも、慌てて追いかける。

遠くの方からズズン……ズズン……と、また堕天使の足音がしたから。


わたしは部屋の中央に立つ、ヌシへ尋ねる。


「妄想のヌシよ、この部屋に何かあるのですか?」


「ここかや? ここは地上へ出るための〈エレベーター〉じゃ。

しかし変じゃのう。

転移魔法陣を形作るオブジェの位置が、入れ替えられておる。

誰かが使ったようじゃな」


「あの……わたしとイレーネさんは、ここで罠にはめられて、地下50階に落とされたんです」

「罠? そうか使ったのは、おぬしたちか」


「使いたくて、使ったんじゃないです」

「罠にはめられたと言うたな。なんぞ恨みでも買ったか?」


「……わたしとイレーネさんは、周りから恨みを買いやすい性質なので」

「そうか良いことじゃ。強者ほど恨みを買うでな、どんどん買うがよい」


「う~」


「ちょっと待っておれ。

地上へ戻る魔法陣の組み合わせを、いま思い出しておる。

戻ったら好きなだけ、そやつを八つ裂きにするが良い」


それっきり、ヌシは押し黙り動かない。

わたしはヌシを見つめながら後ずさり、距離をとった。

そんなわたしに、イレーネがまた抱きついてくる。


(ユリエラさん、エレベーターって本当でしょうか?)ぼそっ

(どうかしら。本当かもしれないし、そうじゃないかもしれない)


(そうじゃなかったら?)


(イレーネさん。

誰かが転移魔法陣で、わたしたちを地下50階へ落とした。

そういう結果が、この部屋には残っているの)


(はい)


(一方で、小さくなった妄想のヌシがいる。

ここに小さなヌシが居るのだから……

何かしら地上へ出る方法が、昔から

そうでなければいけない〈状態〉が、今ここにあるの)


(今ココですねっ)


(けれど元からヌシが外へ出る設定なんか、ゲームになかった。

設定が無いのに、地上へ出る方法がなければいけない。

この〈矛盾〉をすり合わせるために、ヌシはここに辿たどり着いたのかもしれない)


(ユリエラさんそれって……

誰かの張った罠がつじつま合わせで、実はヌシが昔から使っていたエレベーターと言う設定に、書き換わるってことですか!?)


(そうね……

結果が先にあって、それを元に〈過去〉が作り変えられていく。

わたしたちはそれを、リアルタイムで見ているんだと思う)


(ひゃあああ~、リアル今ココ!)


わたしたちが部屋のすみっこでコソコソ喋っていると、妄想のヌシが動き出した。

部屋の四方を周り始める。

ゆっくり回りながら壁の煉瓦れんがを引き抜いては、別の煉瓦を引き抜き、そこへ差し込んでいく。


あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

抜いては差すを繰り返して、最後に辺りをきょろきょろ見回した。


「おう、あったあった。

こんな所に転がっておったか」


それはわたしがこの部屋を出るとき、放り投げた煉瓦だった。

その煉瓦には小さな「楔文字くさびもじ」が刻まれていて、ヌシが抜き差しした煉瓦にも同じ文字が刻まれていた。


ヌシが最後の「煉瓦オブジェ」を壁に差し込んだ瞬間、体全体が沈み込むような感覚に包まれる。

それはエレベーターで感じる、上昇の際のわずかな重力変化に似ていた。


その感覚は直ぐに消えて無くなり、わたしとイレーネは顔を見合わせ、出口へと走った。


「「 わー!」」



    *



さわさわと風にそよぐ、夜の草原。

そこをしゃくしゃくと踏みしめて、妄想のヌシが歩いていた。


わたしとイレーネは、黙って後ろを付いて行く。

ヌシは立ち止まり、空を見上げた。


今夜はちょうど満月で、真上にお皿のような月が白く輝いていた。

ヌシはしばらく月を眺めて、こちらを向かぬままかすれた声で話しかけてくる。


「なんとも不可思議じゃ……

月なぞ、何度も見てきただろうに。

草原とて、何度も踏みしめてきたというのに。


なぜかや?

なぜにこうも、わしは震えておるのじゃ?


わしは闇が怖いというのかや?

風が怖いというのかや?

馬鹿を言うでない。

わしがなぜそんなものを、怖がらんといけんのじゃ?


じゃがこの震え……

何じゃ? この震えはどこからくる?

それが分からぬ。

とんと分からぬぞえ?


ユリエラ、イレーネ。

わしは、この先も行きたい。

もっと行きたい。


けれど、とても心細いんじゃ。

頼む今だけ……

今だけ、わしの手を握っててくりゃれ」


わたしとイレーネは見つめ合うと、ヌシに駆け寄って手を握った。

ヌシを間にはさんで、3人で手を繋いだ。


本当にヌシの手が震えている。

さっきまで、岩石のポップコーンを大量に作っていたヌシと、同一人物とは思えないぐらいだった。


妄想のヌシはまるで赤ちゃんだ。

記憶と知識はあるのに、見るもの触れるもの全てが初体験の、なんとも不可思議な赤ちゃんだった。


わたしはちょっと可愛く感じて、この180cmオーバーの赤ちゃんに優しく尋ねる。


「どこに行きましょうか? 世界は広いですよ」

「どこじゃと?」


「わたしとイレーネさんが、連れてって上げます」

「ふむ……ではな……」


「では?」

「カイルに会いたいぞえ」


「は?」


なぜか反対側で手を繋いでる、イレーネの眼がキラキラしていた。

ちょっとまって、ちょっとまって、ちょっとまって!




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