第11話 ユリエラ、主人公のイレーネ・フェルルと会う


「あのソルナインさま……」


皆のお化粧直しが終わるタイミングを、待っていたんだと思う。

最後の1人が終わって、少し間をおいてから声をかけてきた。


振り返って、わたしは吃驚びっくりする。

そこに立っていたのは、このゲームの主人公「イレーネ・フェルル」だった。


緩くウェーブのかかったショートの髪は桜色で、瞳は若草色。

小柄でとても可愛らしく、全身からにじみ出るような燐光は、彼女が聖属性の保持者だからだろう。


イレーネの登場はわたしも吃驚びっくりしたけど、取り巻きの子たちもザワついている。

イレーネのうわさをばら撒いた子も、彼女を見て硬直していた。

わたしは、その子の背中をさすってささやく。


「あなたは気にしなくて良いの。

責任は、わたしにあるのだから。

こういう時こそ、社交界のスマイルで微笑み返してあげて」


そうは言っても、皆の空気が険悪になっていく。

これはあれですよ。

群れのボスが何か言う前に、子分さんが気を効かせて、グルルルルと威嚇いかくするやつ。


取り巻きの子たちはみんな知ってる。

ユリエラが、イレーネを嫌っている事を。

だって第一王子の「アルヴィン・レイ・A・レクトニクス」を取られたんだもの。


公式ではまだわたしとアルヴィンは婚約者だけど、ここ数ヶ月、第一王子のそばにいるのは「イレーネ」でわたしじゃない。

そしてユリエラがイレーネを、どうにか消し去りたいと思っている事を、取り巻きの子たちだけじゃなくて、学園のみんなだって知ってる。


そんなわたしの気持ち。

政治に大きな影響力を持つ、そんな侯爵家の娘の気持をくみ取って、学園全体がイレーネを追い出そうとしている。


言っとくけどそれは、あくまでもゲームキャラの「ユリエラ」の気持ちで、霧島ゆりの気持ちじゃないからね。

ここがすっごくややこしくて、わたしは全然そう思ってなくても、一度出来た「大きな悪意の流れ」は、なかなか変えられない。


先日、学園長にわたしが「イレーネさんの盾になる」って宣言したけれど、それで悪意の流れにブレーキが掛かるかは分からなかった。


だってその大きな悪意の流れが、ゲームストーリーの根幹なんだもの。

障害があればあるほど、攻略対象の男子生徒たちとの恋が燃え上がるんだもの。


学園長は言ってた。

わたし以外にも、イレーネをこころよく思わない者がいると。

直ぐに思いつくのが、第二王子の婚約者である令嬢。

そして宰相の息子の、婚約者である令嬢。


その他にも男性キャラの婚約者たちは、みんなイレーネを憎んでいるだろうな。

こういう視点で見ると、本当にイレーネって、男を手当たり次第だなって呆れてしまう。

よくこんな悪意の中でイレーネって生きていられるし、平然としてられるなあ。


まあこの世界が、ゲームだからなんだけど。

ゲームをやっていた霧島ゆり時代のわたしも、全員コンプリート狙ってたけどっ。

そしてコンプリートで、思い出した事があった。


「ああ、そっか」


ちょっとイレーネに、確認したいことがある。

でも周りの子に聞かれるのはまずかった。


「みんなは先に行ってくれる?

もうとっくに、授業は始まっているわ」


取り巻きの子たちは少し躊躇ためらったけれど、素直に従ってくれた。

学園の校舎へと歩いていく皆の背中を見つめながら、わたしはイレーネに声をかけた。


「フェルルさんお話は、歩きながらでも良いかしら?」

「はい」


わたしはイレーネ・フェルルを誘い、春の学園を散策する。

学園の敷地はとっても広く緑豊かで、どこかの自然公園を歩いているみたいだ。


イレーネから話があると寄ってきたけれど、わたしから切り出した。

木漏れ日を眺めながら、階段から転げ落ちた日を思い出す。


「フェルルさん、ありがとうございます。

大怪我したわたしを治してくれたのは、あなただと学園長にうかがいました」


「えっ」


イレーネが、わたしの言葉を聞いて驚いていた。

その顔、分かるよー。

知ってる、ユリエラから感謝の言葉が出るなんて、思わないよね普通。

でも本当に感謝しているの。


「フェルルさんは、わたしの命の恩人です。

本当にありがとうございました」


わたしは立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。

するとイレーネが、わちゃわちゃして慌てた。


「いえそんな私はただっ……

あの……ほ、本当だったのですねっ」


「なにがです?」


「私きのう、学園長に呼び出されたんです。

そうしたら君は無実だった。

退学は取り消そうと言われました」


「そう良かったわ」


へえ……ちゃんと面と向かって、取り消しを言ったんだあの学園長。

適当に伝達で済ますと思ってた。


「そこで色々と聞かれたんです。

君はどうやって、ユリエラ君に取り入ったのかねって」


「ああ、そういう事」


ていのいい尋問だねそれ。

処分は取り消したけど、許してないぞって脅してるよ。

ちょっと好感もって損した。


「私びっくりしちゃって。

取り入るだなんて、そんな事してませんって言ったら、

いやいやしかしねえ君、彼女は君の盾になるとまで言っていたのだよ。

これは何かあるでしょう。

上手く逃げたねえ、くくくって言われて……」


この子、学園長の口真似がうまいなあ。

こんなキャラだったかな?

わたしが不思議がっていると、イレーネが深々と頭を下げた。


「ソルナインさまが、私の無実を照明して下さったと聞きました。

こちらこそ、本当にありがとうございました」


わたしはイレーネのつむじを見つめる。

イレーネはお辞儀を、ごく普通にやっていた。


わたしがお辞儀をしたときは、わちゃわちゃしてて、よく反応が読み取れなかったけれど、わたしはこれで確信する。

イレーネは設定通りだ。


「頭をあげて下さいフェルルさん。

命の恩人を助けることなど、当たり前ですから。

わたしはするべき事をしたまでです」


頭をあげたイレーネに、わたしはにっこり微笑む。

そして少し、おどけて言ってみた。


「でも本当に良かったですわ。

あのまま階段から転がり落ちて死んでいたら、また別のどこかへしてしまうところでした」


そう言ってにっこりすると、イレーネが眼をまん丸くして大声を出す。


「えええええっ、またって!?

て、転生って!?

まさかっ……まさかソルナインさまも!?」


予想通りの反応だ。


「そうわたしは転生者なの。

そしてあなたも、転生者なのでしょうフェルルさん」


「うわわ!」


「わたし霊感が鋭いの(うそ)、あなたの前世の名前も当てましょうか?」

「そんな事できるんですか!?」


わたしはイレーネの背後を見るように、視線をずらす(演出)。


「えっ、えっ、後ろ!? 

何か見えるんですかっ、守護霊とか!?」


しきりに、自分の後ろを見ているイレーネが面白い。

わたしは吹き出しそうなのをこらえて、のたまう。


「そうねあなたの名前は……

最初の音が(た)、次が(き)、最後が(の)。

(たきの)さんかしら?」


「うわあっ、当たってる! どうして!?」

「うふふ」


彼女の名前は「流川るかわたきの」。

本当はフルネームで当てられるけど、やり過ぎたら怪しまれる。

当てるというか、わたしはその名前を知っていた。


彼女はこのゲームの主人公であり、日本から転生してきた、

「流川たきの、18歳」というを与えられた、ゲームキャラクターだった。

彼女のプロフィールは、ゲームサイトに載っている。


わたしは改めて、イレーネに自己紹介をした。


「初めまして、たきのさん。

わたしの前世での名前は、霧島ゆり。

あなたと同じ転生者よ、よろしくね」




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