第3話レオンの知らない世界とかのの世界

 レオンの眼前に広がったのは、かのと同じ服を来た少女たちの群れだった。

 彼女たちは一様に同じカバンを持ち、同じ建物から出てきて、同じ方向へと歩きだしている。年齢は全員が十代なかばとまだ若い。


「どこだ、ここ?」

「がっこ」

「がっこ?」

「うん。がっこ」


 かのはそう言うと、少女たちの群れをかき分け、1人だけ建物へと向かっていく。

 群れの中の一人がかのに気づき、


「かの! カバン忘れたの?」

「かばん、忘れた」

「その人誰?」

「レオン」

「……レオンさん? 外国の人? 執事みたいな服着てるし、もしかして、本当に執事」

「わかんない」

「かの、かばん取ってくる」

「そうだね。じゃあね」


 少女はそう言って、足早に歩いていく。

 レオンはかのについて、ガッコと呼ばれた建物に入った。

 かのは靴がズラズラと入った小箱が並ぶ棚の一つから、靴を取り出し、履き替えた。

 土足が基本のレオンの世界ではそれがとても奇異に見えた。


「おい。ここの建物に入るには靴を履き替える必要があるのか?」

「……うん」

「俺、靴ねーぞ」

「そっか。こっち」


 かのはそう言って、内履きのままレオンの手を引き、別の出入り口へと向かった。


「おい、お前、中用の靴入ったまま外出てるぞ」

「……間違えた」


 かのはそう言って、靴を脱いで、靴下のまま歩き出そうとした。


「靴、履いとけよ。どうせバレねーよ」

「うん」


 かのはレオンにスリッパを渡し、

「これでダイジョブ」

「そうか」


 レオンとかのはこうしてガッコの中へと入った。

 同じような机が並ぶ部屋が並ぶ。

 かのが言っていたガッコというのは学校のことだったとレオンは理解した。そして、同じような机が並ぶ部屋は教室なのだろう。

 かのは部屋の一つに入り、茶色いかばんを手に取った。


「おうち、帰る」

「だろうな」


 二人は学校を出て、道を歩きだした。見慣れない黒い何かで舗装された道路はとても歩きやすかった。レオンの世界では舗装は石畳が多い。

 二人の横を四輪の見たことがない箱が走り抜けていく。他にも二輪のものもあった。これらが走り抜ける度に異臭が広がる。

 レオンはこちらの世界についた時、臭いと感じたが、こういう道具が発する臭いも原因の一つなのだろう。


 民家と思われる建物が立ち並ぶ。そして、見慣れない柱が立ち、そこから黒い太い頑丈な紐が繋がっている。不思議な光景だった。

 今度は下り坂が現れ、右手に海が見えた。

 そして、人通りが増え、今度は商店が立ち並ぶ。

 かのは建物の一つに入った。そして、よくわからない道具の前に立ち、ポケットから取り出した袋からコインを取り出し、入れた。

 そして、ボタンを押すと、細い紙が出てきた。


「なんだコレ」

「切符」

「切符?」

「電車乗る。レオンの切符いる」

「ほーん」


 電車というものに乗るために必要なもののようだ。

 かのの後をついていき、待っていると、箱が来た。

 二人は乗りこんだ。

 レオンがかのに、


「毎日、電車に乗って学校行ってんのか?」

「土曜日と日曜日はお休み」

「そうか。ところで、お前、本当は何歳だ」 

「一五歳」

「そうなのかもしれないな」


 見た目が九歳児だから、一五歳と言い続けるかのを馬鹿にしてきたが、間違いではなさそうだった。

 レオンは電車の中で人々が小さな四角い何かを夢中で見続けていることに若干の気味悪さを感じたが、この世界の流儀なのだろう。

 かのはポケーっと前を見つめている。何も考えていなさそうだ。実際、何も考えていないのだろう。

 二〇分ばかし揺られ降りた。

 レオンはかのに着いて、黙々と歩いた。

 そして、辿り着いたのは塔のように高い建物だった。


「なんだ、ここ? 塔か?」

「かののおうち」

「……すごいな」


 かのと一緒に建物に入り、ボタンを押すと自動で開くドアを開け、狭い部屋へと入った。

 かのはボタンを押すと、部屋が動き出した。

 扉が開き、かのは歩き出した。

 ホテルのように同じ扉が並んでいる。


 どうやら集合住宅らしい。レオンは建物一つが全てかのの家の所有なのかと勘違いしてしまった。

 かのはそのうちの一室の扉を開けた。靴を脱ぎ、廊下を歩いていく。

 辿り着いたのはリビングと思われる部屋だ。中央にソファ。壁際には黒い板。奥には広くはないキッチンもある。


「ここで暮らしてんのか」

「うん」

「親はどこだ?」

「親? ここにいない」

「どこにいる?」

「わかんない。かのももう何年も会ってない」

「そうか。一人で暮らしるのか」

「うん」


 レオンの世界では一五歳で一人暮らしは普通だから、すんなりと納得した。

 かのはリビングに座って、ただ座っていた。


 レオンが、

「おい、腹空いた。俺は客なんだから、なんか出せ」

「うん」


 かのは立ち上がり、台所へと向かい、白い棚を開けた。

 白い箱の中はとても冷えているが、魔力を感じない。

 この世界は魔力を動力源としたものはないらしいが、かなり文明が発達した世界なのはわかった。

 白い箱の中には得体のしれない七色に輝く魚がいて、ビチビチとはねている。水もないのに。


「随分と変わった魚だな」

「これももらた」

「誰から?」

「わかんない。おいしいって」


 かのはビチビチとはねている魚の尾をサッと掴むと、レオンに渡した。


「はい」

「コレ食えって?」

「うん。おいしいって」


 魚からは魔力を感じる。

 この世界に来てから、魔力を感じるものはこれが初めてだ。この世界のものなのだろうか?


「どうやって食うんだ」


 そう言われたかのはいきなり魚の頭にかぶりついた。

 魚は暴れ、かのの口から逃げ出し、床をはね回る。

 かのはもう一度、掴もうとする。


 レオンは決めた。魚を掴んで、

「俺が料理する」

「そっか」

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