第29話_桜井千沙の告白

 うれしくもあり、恐ろしくもある。

 涼介の心中は穏やかでなかった。

 昨日、前触れもなく同級生の桜井千沙からの連絡があった。

 「涼介君。もしよかったら、明日会えないかな?」

 あの桜井から連絡があったのだ。

 うれしくないはずがない。

 涼介の鼓動は痛いほど高鳴った。だが、これはうれしくて鳴っているのか、恐ろしくて鳴っているのかわからなかった。


 本来であれば、異性から呼び出されるシチュエーションといえば、愛の告白をされるのが相場だと思う。だが、神尾公園で嫌なものを見せてしまった。けがはなかったにしても、コロッセオ参加者の暴挙に巻き込むことになってしまった。

 あの時、予備校生の田中は勝手に暴れはじめ、あの場を無茶苦茶にした。周りの人は巻き込まれ、けがをしたり、気を失ったりしている人も多数出ていた。警察や救急車が来るほど騒動となった。

この騒動自体は涼介が原因というわけではない。だが、涼介のことに気付いた田中が、さらに暴れたというトリガーとなったことには違いはなかった。

 あの時、涼介は桜井を守るためにアニマを顕現した。アニマが見えないようにしたつもりではあるが、見られたかどうかはわからない。だが、あの状況に身を置き、無事だったということで何か怪しまれているのかもしれない。

いや、もしかすると、桜井に見せないようにするために、桜井の顔を胸に抱いて視界をふさいだ際、汗臭かったのかもしれない。

 どちらにしても、何もアプローチをしないまま、いきなりフラれるというケースも濃厚な気がしてきた。

 とにかく、桜井に呼び出されたのだ。

 涼介は、約束の場所へと向かった。



 桜井が立っていた。

 まだ距離は離れているが、遠目でも桜井だとすぐにわかった。

 どんな言葉が向けられるのかはわからない。だが、その不安とは裏腹に頬が緩んでしまう。涼介は、一度大きく口を開けて、頬の筋肉に力を入れた。

 近づけば近づくほど、頬が緩もうとする。だが、そういうのでないかもしれない。口角を横に広げ、さらに力を入れた。

 お互い表情が見えるだろうというところまで近づいたところで、涼介は桜井に声をかけた。

 桜井が涼介の方を振り向いた。その目は、涼介の目をまっすぐ見つめていた。

 涼介は、桜井の目に引き込まれ、視線を外すことができなかった。

 桜井は何かをしゃべろうとしていた。だが、なかなか言葉として口から出てこなかった。なにか、勇気を振り絞ろうとしているように見える。

 涼介の中で不安から確信に変わった。



 この雰囲気……

 これは、本当に告白されるパターンじゃあねぇか?



 約16年の人生で告白を受けたことなんてない。でも、映画や漫画ではこんなシーンを見たことがある。

 こういうシーンの場合、どうすればいいんだっけ?

 両想いパターンの場合は、相手から言おうとしたところを遮って、男から「待って、実は……」みたいな感じで行くんだっけ?



 涼介は心の中で拳を握りつつも、緊張で鼓動が激しくなってきた。

 視線を離さない桜井。

 涼介が口を開こうとした時、桜井が先に言葉を発した。

 「涼介君。お祭りの時のあれって、コロッセオ……だよね」



 あぶねぇ……

 いや、このパターンの方がヤバいのか?



 涼介は、背中あたりで噴き出す冷や汗を感じた。

 「ねぇ、あれが……コロッセオなの?」

 桜井が涼介の腕をつかんだ。その表情は真剣であり、どこか不安がにじみ出ているようにも見えた。


 勘違いだった。

 だが、桜井の口からコロッセオという言葉が出てきたことにめまいのようなものを感じた。

 もし、桜井がコロッセオの参加者なのであれば、いつか目の前の桜井と戦うことになるのかもしれない。桜井が別の参加者に倒され、二度と意識を取り戻すことがなくなるかもしれない。そもそも祭りの時のように、単純に近くにいるだけでも危険だ。コロッセオを知っているのであれば、なおさらである。


 涼介は、絶対関わらないほうがいいと強く思った。だが、目の前の真剣な表情の桜井をごまかす言葉が思いつかなかった。

 「なんで、コロッセオを……」

 「やっぱり、そうなんだ……」と、掴まれていた桜井の手がするりと落ちた。

 「桜井さん……なんで、コロッセオを……」

 涼介は、桜井の言葉を待った。「参加者」という言葉だけは聞きたくないと願いながら。

 うつむいている桜井。涼介は桜井の次の言葉が待ちきれず、その表情を覗こうとしたが、すぐに思いとどまった。

 桜井の肩が震えていた。泣いていた。

 「弟が……弟が巻き込まれているかもしれない」

 桜井の震える声を聴きながら、涼介は安堵と困惑が入り混じり、頭が回らなくなっていくのを感じていた。苦し紛れにかけた言葉が「なんで?」だった。言葉にした瞬間、涼介は後悔した。

 だが、桜井は首を横に振った後、口を開いた。

 「わからない。たぶん、そうなったのは1か月くらい前。その頃から家に遅くに帰ってくるようになって……聞いても関係ないって教えてくれないの。つい最近になって、けがをしたり、服をぼろぼろにしたりして帰ってくることが多くなって……」

 「1か月前」「つい最近」という桜井の言葉を聞いて、涼介の頭が冷静になり始めた。涼介が巻き込まれたタイミングとほぼ同じ。何が起きていたのか想像できた。

 桜井が言葉を続ける。

 「それで、夜中、弟の後をついて行ったことがあるの。そこで、弟がお祭りの時みたいなバケモノと戦っていた。弟もバケモノみたいになって……」



 涼介は桜井の話を聞きながら、自身の時と照らし合わせながら、思考を巡らせる。


 すでにやりあっているのか。でも、こんなクソゲームを好き好んで参加する人間がいると思えない。

 あ……いたわ。



 涼介は、ラスボスこと北上の楽しそうに舌なめずり顔を思い出した。それに、あの公園で無差別に暴れまくった田中。涼介の基準では測れない参加者がいる。

 桜井の弟がコロッセオに参加している理由が、単に巻き込まれたのか、自分から参加したのかは、想像もつかない。決めつけないほうがいい気がする。

 だが、できることはある。

 「桜井さん。俺は好き好んでコロッセオに参加しているわけじゃあないんだ。強制的に参加させられたんだ。きっと弟さんも俺と同じだと思う。参加している者同士、どこかで絶対に顔を合わせることになる。その時、弟さんと話をしてみるよ」

 正直なところは言えなかった。でも、気休めにでもなればいい。

 「お願い……します」

 桜井は、最後の力を振り絞るようにして言った。

 その頬には大粒の涙が流れていた。




<登場人物>


■崎山高校

・伊藤涼介(ゴーレム):高校1年生。久原道場の元門下生


・高山明:高校1年生。同級生。思い出作りに燃える。

・長谷川蒼梧:高校1年生。同級生。美形。

・桜井千沙:高校1年生。同級生

・笹倉亜美:高校1年生。同級生

・小森玲奈:高校1年生。同級生

・池下美咲:高校1年生。同級生


・木下舞(デコピン):高校3年生。生徒会会長。学校内の人気絶大。

・世良数馬:高校3年生。生徒会副会長

・久原貴斗:高校3年生。生徒会議長。武闘派。久原道場師範代。

・上田琴音:高校3年生。生徒会総務

・美馬龍之介:生徒会2年生。生徒会会計

・和久井乃亜:生徒会2年生。生徒会監査

・古賀星太(ベルゼブブ):高校1年生。生徒会所属。涼介の幼馴染。久原道場門下生



■株式会社神楽カンパニー

・神楽重吉:神楽カンパニー代表取締役会長

・白い仮面の男:スカウトマン・プロ―トス

・鳴海玲奈:スカウトマン・デウテロス。社員。

・斎藤真一:スカウトマン・テタルトス。崎山高校生徒会顧問

・石田:スカウトマン・ヘクトス

・北上慶次:スカウトマン・エナトス、ラスボス



■コロッセオ参加者

・田中一成:予備校生

・火神直樹:赤髪

・藤田一郎:黒髪パーマメガネ



■特殊武装部隊(十二神将)

・日高司:特殊武装部隊隊長

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・花村美咲:特殊武装部隊隊員

・伊藤康介:特殊武装部隊隊員、伊藤涼介の兄

・岡田紗弥:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身

・鈴木翔:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・名前不明:特殊武装部隊隊員

・野崎文雄:特殊武装部隊隊員、エンジニア

・名前不明:特殊武装部隊隊員、アメリカ出身、エンジニア

・イシャ・ラナウト:特殊武装部隊隊員、インド出身、エンジニア


■不明

・水野七海:日本刀を持つ女

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