BL作家に恋愛フラグが立ちました~無自覚美女は今日もイケメンたちのラブバトルには気づかない~

咲良樹凛

第1話:BL作家、イケメンに拾われる

「待って…千秋、誰か来ちゃう…!」

「は?誰も気づかねえよ。ほら、声抑えてろ…。」

 そう言って千秋は春翔はるとへの愛撫を更に強める。

 春翔の口から甘い吐息と共に我慢しきれない声が溢れ出す。

「ああっ!もうこれ以上は…っ!」

「くっ…!」

 千秋は熱い自身を春翔に——。



「ああああああ!ダメええええ!!!これじゃ全然ダメえええええ!!!!」

 私は書きかけの原稿を前に項垂れていた。

 築25年。6畳1ルームの狭いボロアパートの1室が私の仕事場だ。

 パソコンを前に書きかけの原稿を恨めしく眺める。

「リアリティが足りない。妄想も最近全然捗らないし…。」


 私は売れないBL小説家だ。

 デビュー作はそこそこヒットしたが、それ以降の売上は芳しくない。

 まずい。非常にまずい。簡単に言えばスランプに陥っていた。

 息抜きに散歩でも行こうか…そう思い携帯を手に取ると、ちょうど着信が来た。

 名前を見ると『氷室ひむろ恭弥』———私の担当編集者だ。

 電話の内容は出なくても分かっている。私は苦い顔をしながら渋々電話に出た。


「お疲れ様です。桃瀬先生。原稿の進捗はいかがですか?」

「…お疲れ様です。そうですね〜、春翔と千秋はなかなか思った通りに動いてくれないですね〜。」

 ははは、と乾いた笑いを零すと、電話の向こうからは溜息が聞こえてくる。

「…いいですか?次回作がヒットしないとうちでの連載は打ち切り。心苦しいですが契約は終了ですからね。」

「…はい。分かっています。」


 BL小説家、桃瀬みのり。25歳。人生最大の大ピンチであった。



 ◇◇◇


『人の一生のうちに起こる、幸せと不幸の数は同じである』という言葉を聞いたことがある。

 今まで私は、自分が特別幸せだとか、不幸だと感じたことはなかった。

 もし本当に幸せと不幸の数が同じであるなら、私にこの先の人生、幸せが訪れるという予兆なのだろうか。

 頭は酷く冷静で、小説家らしくそんなことを考えていた。


 何が言いたいかというと、家がなくなった。いや、正確には家が燃えていた。

 目の前には先ほどまで執筆作業をしていたボロアパート。

 焦げ臭い嫌な匂いと、灰色と黒い煙。燃え盛る赤。

 息抜きにと出かけた散歩から帰ると家がなくなっていたのだ。


「嘘でしょ…。」


 アパートはちょうど消防隊によって消火活動されている真っ最中で、近くにいた大家さんに聞くと住人の電気機器からの出火が原因らしい。

 幸いにも住人は全員逃げることができたとのことだ。

 しばらくして鎮火したが、この状態では住むことは不可能だと言われてしまった。



 仕事は崖っぷち。貯金も充分にある訳がなく、ついには家までなくなってしまった。神様、私は何か悪いことをしましたか?アーメン。

 頼れる家族も先立ち、仕事命で生きてきたから信頼できる友達も碌にいない。

 絶望に打ちひしがれていると、無機質に鳴り響く着信音。

 表示される名前を見ることもなく、電話に出る。誰でもよかった。

 誰かに、助けてほしかった。



「…もしもし。」

「氷室です。先生今、どこですか?」

「……けて。」

「はい?すみません、よく聞こえな…。」

「助けてください。」

「……。」

「私、もうどうしたらいいか、分からなっ…。」

「…いつにも増して辛気臭い顔してますね。」

「え?」


 電話口の氷室さんの声と、近くからの声が重なる。

 違和感を覚え、声のする方を向くとそこには携帯を耳に当てたまま話す氷室さんの姿があった。


「なん…で…。」

「私の担当作家先生なので。ニュースを見てもしやと思い来てみました。」

「私のこと心配して来てくれたんですか?」

「打ち切り前の作家とはいえ、うちの大事な資産ですからね。」

 氷室さんは掛けている銀縁の眼鏡をクイっと指で掛け直しながら答える。

 こんな時でも毒舌は健在のようだ。少しは優しい言葉くらいかけてくれたって良いじゃん!!本当に名前の通り、氷のように冷たい仕事人間だ。


「あの、氷室さん、原稿のことですが締切をもう少し伸ばして頂けると…。ほら、こんな状況ですし…。」

「その必要はありません。」

 情もないのかこの男は!!!!住む家も無くなったのに、こんな状況で原稿要求してくるとか鬼か!!!!

「この人でな…っ!」

「助けてと言いましたね。」

「…はい。言いました…なのでせめて締切を…。」

「私の家に来てください。」

「………はい??」

 何を言ってるんだ、この男は。確かに助けてとは言ったけど…。

「無理ですっ!いくら住む家がなくなったとはいえ、男性の家に転がり込むなんてそんなこと…。それに私たちにその気がなくても、その、間違いが起こったら大変ですし…。」

「何か勘違いされてるようなので、お伝えしておきますが。確かに私の家とは言いましたが、シェアハウスです。私一人ではありません。」

「え…。」

「あなたにとっても悪い話ではないでしょう。住む家も確保され、おまけに参考資料付きです。」

「参考資料…?」

「はい。成人男性4人の日常生活や、あーんな絡みやこーんな絡みが見られますよ。悪い話じゃないでしょう?」




 そう言って口角を上げてにんまりと笑う氷室さんは、悪い顔をしていた。

 どうやら私は、この目の前の毒舌イケメンに拾われたらしい。










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