おしかけボランティア
渡貫とゐち
おしかけボランティア
『被害者のことも考えろ――って言うなら、みんなが助けてあげればいいのに』
発端はこの一言だった。
安全地帯から被害者を擁護する声は多いが――だが、その中でどれだけの人が、被害者の元まで駆けつけただろう……、支援することも慰めることもできるはずだ。
顔を合わせなくとも。
人から人へ、繋げることができる。気持ちを届けることはできるのだから。
『被害者は今、苦しい時間だと思う……だからここにいるみんなで力になってあげようよ。慰めにいってあげよう……、差し入れをドアの前に置いておくくらいはできるかもしれないし』
『被害者の住所が分からないだろ』
『調べてみよう』
有志が集まり出した。
対岸の火事に巻き込まれ、傷ついた人のことを想って大衆が「火を点けた加害者」を叩くのは、したいその気持ちも分からないでもないが……、被害者を支援することもなく、ただ加害者を叩くだけなら、被害者を利用し加害者を叩きたい私怨にしかならない。
被害者がしてほしいのは支援なのだから……、被害者である自分の現状に乗じて快楽を得ている他人は、被害者からすれば因果関係がないだけで、これも加害者と呼べるのではないか。
少なくとも、断りもなく利用されていることへの不快感はある。不快だと声を上げれば被害者が同情されるシステムが構築されているなら、声を上げていった方が得なのではないか。
声を上げるだけなら、元手はいらないのだから……やるだけなら簡単だ。
ただ、それがまともに取り合ってもらえるかは別だし、共感を得られるかどうかも声を上げてみなければ分からないけれど……。
それでも、最近は声を上げれば注目される時代になってきている。
全人類が挙手をして被害を訴えれば、同時に全人類が被害者であり加害者になるのでは……?
被害者と加害者が入り乱れる社会――。
無自覚な加害。
自覚なき被害。
これまで、それがどれだけ埋もれていたのか……、想像もつかない。
後付けも含めれば……その数は今後も増え続けていくだろう…………。
また、インターホンが鳴った。家主は備え付けのモニターを見る。そこには赤の他人が映っており……、さっきから人がひっきりなしに訪ねてくる。
事情を聞きたくても、人と対面することにトラウマを植え付けられたばかりなので、扉越しに話すことも難しかった。
加えて、扉の前には、多くの置き配があった。それらは家主を心配して駆け付けてくれたボランティアの人たちからの、支援だ……ようは差し入れである。
ドアポストに、今日もまた手紙が入っていた。
丁寧な人の字で書かれた手紙だ……、デジタルだと書いた人の感情が読めないが、手書きだと読みづらいところはあれど、人と触れ合っていることが分かる。
家に閉じこもってばかりだった家主にとっては、この手紙だけは、心の支えになっていた。
『元気出してください』
『社会への復帰、応援してます』
『あなたは間違ってませんよ! 落ち込まないでください!』
などなど、被害者である彼女のことを想って書かれた直筆の手紙だ。
中にはパソコンで打ち、印刷した手紙もあったが、内容に差はない。手書きか、そうでないかの違いであり……、励ましのメッセージは、当然ながら無駄ではなかった。
感情の換気はできていた。
このまま塞ぎ込んでいるわけにもいかない……早く、社会復帰しないと……だって――――
「毎日毎日……十分にひとりは訪ねてくる……インターホンの音がもう、怖い……っっ」
インターホンの音を聞くくらいなら人と対面した方がマシだと感じるようになった。家主はインターホンの電源を切り、音が鳴らないようにしたものの……、それでも根本的な解決にはなっていない。インターホンが鳴らなければ扉を叩かれるだけだ…………こんこん、と。
こんこん、こんこん。
こんこん、こんこん、こんこん、こんこん。
力が強い人は、どんっっ! と殴ったような音が中まで響いて…………もしかして、励ましにきたのに顔を出さないことに怒っているのだろうか……――頼んでいないのに?
扉の前に人がいないことを確認して、扉を開ける。外に置かれていた差し入れはありがたいけれど、食べ物は怖い……、だって、中になにを入れられているか分かったものではないからだ。
善意なのは分かっているけれど、提案した人を信用できても、それを用意し、運んできた人は別の人かもしれない……もしも、移動中に細工でもされていたら……?
そう考えると、開けても食べない方がいい……なにかあって後悔したら、やり切れない。
結局、貰ったものはゴミになる。
ゴミばかりが増えていく…………
だけど、「支援をやめて」と言えば叩かれるだろう……善意を拒絶するのか、と。
善意でありながら、だけどこれは「自覚なき加害」である。
さて、声を上げた場合、非難の的となるのは、どっちだろう?
…了
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