07

 心地の良い風が頬を撫でる。

 ふわふわとした感触に包まれていて……まるで雲の上で寝ている感覚だ。


「──っ! ヒナさんはどうなった!」


「寝起きくらい静かにしてろ」


 徐々に意識がはっきりとしてきて、ヒナさんと別れたときのことを鮮明に思い出してきた。

 酷い吐き気が込み上げてくる。


「怪異。ここは何処なんだ?」


 早まる呼吸を抑えながら、気を紛らわせようと怪異にそう訊ねる。


「旅館からそう遠くない場所にある高台だ。……まだ怪異はそこら中をうろついているから気は抜くなよ。俺だって強いわけじゃねぇんだ」


 「それと」──と話を続ける怪異。


「俺のことは怪異ではなく十牙トウガと呼べ。……俺はそこら辺の怪異と一緒じゃないんでな。おんなじ呼び方だと虫酸が走る」


「あぁ、それはすまなかった」


 風呂に入ったからなのか、怪異改め──十牙の毛並みが予想以上にふわふわしている。


 風呂で思い出したが、浴衣を着たまま外に出てしまった。流石に後で返さないと怒られそうだな。

 ……いや、多分あのおばあさんも怪異にやられただろうから今更危ない目に会ってまで浴衣を返しに行く必要はないか。


「というかなんで怪異がこんなに湧いて出てきたんだ? この街に人がいないってのもおかしいし」


 降り止んだ雲を見つめながら、十牙にそんなことを聞いてみる。どうせ今回も「気の所為」だって言われそうだが……。


「仕方ない……真夜に話す時が来たようだな」


 なんだか話してくれそうな雰囲気だ。言ってみるもんだな。

 この勢いに乗って色々と話してもらおう。


「その前に、真夜には思い出してもらわないといけないことがある。……ほら、さっさと立て。いつまで俺に抱えられるつもりだ」


 腕から降りて、私の身長の何倍もある十牙を見る。

 十牙の左手には赤色の水晶玉……のようなものがちょこんと乗っていた。


「この街にあったお前の記憶だ。決して良いものじゃないから覚悟して思い出せ」


 私は深呼吸をしてから赤い水晶玉に触れる。


        ●


「おい■■! 何ぼーっとしてんだよっ。集合時間に間に合わないだろ」


 「ほら行くぞ」──と私の手を掴む少年。私よりも身長が高い。

 この少年の背が高いと言うより……私の背が縮んでいる。


「集合時間?」


「寝ぼけてるにも程があるんじゃねーのかー? 帰りのバスが行っちまったら俺達ここに取り残されることになるって」


 あぁ……そうだ。色々と思い出してきた。

 ここは確か、中学時代の修学旅行先の旅館の中。目の前にいるこいつは俺の唯一の友人の──。


「な、なぁ……。集合時間までまだ……あるんだし、忘れ物がないか一旦確認しようよ」


「良いけど……なんでお前泣いてるんだよ。目にゴミでも入ったか?」


 私も何故泣いているのかわからない。そもそも、私が人のために涙を流せるような人間だとは思っていなかった。


 ……きっとこのあと起こることを考えてしまって、涙が勝手に流れているのだろう。


「すまない……。本当に、すまない。私のせいで……」


 大量殺人。

 私達が勝手なことをして帰りのバスが遅れたことにより、偶然自暴自棄になっていた第三者の目に止まって……。


 私達が部屋の中でふざけている内に、学年の大半は殺された。


 前もって大量殺人を計画していたらしく、爆発物を大量に体の中に仕込んで何両も並んでいたバスの一つに乗り込んだそう。そのバスが偶然、修学旅行から帰る中学生達が乗っているバスだった……。


 私達が気づいて駆けつけた頃には辺り一帯火の海だった。バスのガソリンなんかにも引火したようで、もう酷い景色になっていた。


「あれは■■のせいじゃない。謝らなくていいよ」


 殺人鬼もろとも爆破に巻き込まれたから、その現場に居合わせたのは私と唯一の友人のみ。


 保護者の方々は我が子を無差別に殺された怒りをぶつける場所がなかったから、私達に強く当たるようになって。酷いときには「お前らのせいだ」と紙いっぱいに書かれた手紙が何通も送られてきた。


「俺が死んだのも気に病まないでくれ……。って言ってもお前は優しいから引きずるんだろうな」


「私は……優しくなんてない! お前に最後まで寄り添ってやれなかった……」


 手が届いたかもしれない場所でみんなが死んだという事実と、遺族からの誹謗中傷を受け続ける毎日。

 中には励ましの言葉なんかをかけてくれる人たちもいたが、それだけじゃ抑えきることの出来ない罪悪感と焦燥感。


 私が気づいた頃には、友人は首を吊って死んでいた。一つの手紙を残して。


「こんなに辛いこと、忘れられたら良いのにな」


 手紙の最後に、そう綴られていた。

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