真紅の射手と竜殺し

遠梶満雪

1節 駆け出し探索者


 今となっては昔のことですが。


 とある宇宙に、小さな惑星がありました。何にもない、無垢な星でした。


 その星にはただ一つの命が棲んでいました。


 真っ白なうろこが巨躯を覆い、鉤爪の生えた四本の脚を持っていました。


 口の淵を牙が飾り、身体と同じくらい長い尾が地べたを撫でていました。


 名前を、竜と言いました。


 あるとき、流れ星に乗った女神様が、その星を通りかかりました。


 女神様には、朝も夜も一人で眠ってばかりいる竜が気の毒に思われました。


 それなので、その星を美しくしてやろうと思いました。


 白い地面に、野と山と川を作りました。草と花と木々を生やしました。


 女神様は満足げに胸を張りました。


 しかし、竜は一瞥をくれただけで、また眠ってしまいました。


 女神様は腹を立てました。


 それなので、今度は可愛らしい動物たちを作ってやりました。


 うさぎが野を跳ね、鳥が空を飛び、魚が鱗を輝かせます。


 しかし、竜は一番暖かい丘の上で眠るばかりでした。


 女神様はいよいよ腕まくり。威信をかけた一大事業を始めます。


 誰も見たことがないような奇妙な生きものを作ることにしたのです。


 竜よりも小さな、うろこを持たないもの。鉤爪も牙も尾も持たないもの。


 そうして、この世に人間というものが生まれましたとさ。


***


 探索者の仕事は竜を殺すことだ。


 竜は人を見れば必ず襲う。絶対的な欲求でこちらを殺害する。

 だから、探索者はそのカウンターでなければならない。


 探索者には二種類いる。


 一つは、竜を追う者。大抵、洞窟かどこかで染みか炭になっている。要するに馬鹿だ。


 二つは、竜を追わない者。他の魔獣を狩って生計を立てる。つまるところ紛い物だ。


 今日も、紛い物の少女が一人、賑やかな酒場の扉を押す。


 この世の酒場というのは、得てして探索者の溜まり場と同義だ。


 彼らほど金払いのよい客はなく、酒を飲まねばやっていけないのも彼らくらいのものだ。

 そうなれば、困りごとは酒場に持ち込めばいい。金さえ払えば探索者が引き受けてくれる。


 この少女が酒場を訪れたのも、そういう依頼を受けるためだった。

 とはいえ、師匠のもとから独り立ちしたばかりの彼女は、酒場には些か浮いている。

 年季の入った探索者たちは興味深そうに少女を眺めていた。


 弓を背負い、薔薇色をした長髪の少女は、気の強そうな目を向けて周りを睨みつける。


「見ない顔ですね。新人さんですか?」


 カウンターに片手をついた女マスターが、柔らかな表情で少女に話しかける。

 中性的な顔立ちだが、大人びて美しい。三つ揃いが身をぴったり包んでいる。


 気の強そうな少女は彼女に向かうように進んでいった。髪と同じ色のドレスが揺れる。


「ええ。この街で探索者をするなら、ここだと聞いたの」


 女マスターはにこりと笑うと右手を差し出した。


「そうですか。もちろん歓迎しますよ! ようこそ、都市ウェストフォギンへ」


 少女はためらわずにその手を取った。


「名前をお伺いしても? 簡単な書類を作りますので」


 女マスターがそう尋ねると、少女が答える。


「ヴィヴィアンよ」


 女マスターは名前を書き留めると、彼女に確認する。


「綴りは合ってますか?」

「問題ありません」


 特に言うこともないので、形式的な返事をする。

女マスターはさらに幾つかの外見情報を書き加えると、その書類を筒に入れた。


「ではこれで登録はおしまいです」

「……これで依頼が受けられるようになるの? 簡単すぎない?」


 あっさりとした承認にヴィヴィアンが眉を寄せる。女マスターは肩を竦めて答えた。


「探索者なんて職業、大仰な書類を作ったところですぐに紙くずになりますから」

 この紙の未来は二つだ。長々と功績が書き加えられるか、暖炉の焚きつけ代わりになるか。


 脅しともとれる言葉にヴィヴィアンは少し気圧される。

しかし、その決意は揺らがないようだった。


「いいえ、大丈夫。私はお母様────偉大な魔女に教えを受けたんだから」


 実際、その自信も見当違いではない。


 魔術を使えるというだけで駆け出しの探索者としてはかなりの上澄みだ。

 ちょっとした縄張り持ちボスモンスター程度ならば倒せるだろう。


 しかし、真に探索者が必要とするのは、才能ではない。経験でもない。

 必要なのは────『竜に会わない』という幸運のみである。


「なあ、お嬢ちゃん」


 近くで酒をあおっていた集団の一人がヴィヴィアンに声をかけた。


「折角だ、うちのパーティで一仕事してかねえか?」

「私たち、丁度これから簡単な討伐に出るの。どうかしら?」


 斧戦士、女騎士、罠師、女魔術師の一党らしい。

 ヴィヴィアンの持つ魔術弓を見て、声をかけたようだった。


「悪くないかな。何をしに行くの?」


 すると、探索者たちの代わりに女マスターが依頼書を差し出した。


「はぐれ魔猪の討伐ですね。……新人さんを連れていくのはあまりお勧めできませんよ」

「心配いらねえさ。うちには『スコアホルダー』だっている」


 罠師がそう言うと、女騎士が自慢げに星が一つ入った勲章を掲げる。

 年に七回しか発生しない最高位モンスターの討伐功績だ。

 モンスターの核を加工して作った勲章は、トップクラスの探索者の証となる。


 『スコアホルダー』と呼ばれる彼らは、一線を画す存在である。


「俺たちがいれば、初陣だって楽勝だ」

「ふーん。じゃあ、エスコート、してもらおうかな」


 ヴィヴィアンが手を差し出すと、棟梁の斧戦士が三倍もありそうな手で握り返す。

 友好の証に一杯ミルクを奢ってもらい、それから出かけることにした。

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