第44話 砂利の温度
「そうそう、餞別代わりに教えとくよ」
背を向けた私にリクが告げる。
「さっき出口はないって言ったけど、それは俺が行ける範囲でな。もしかしたら、行けない場所の中に出口があるのかもしれない」
「行けない場所?」
そんなものがあるのか。
「塞の川原を越えられないのはあんたも知ってるじゃないか。それ、塞の川原の石だろ?」
「気づいていたの?」
「当たり前だよ。塞の川原から出て最初、餓鬼に追っかけられてびびって塞の川原に戻ろうとしたら、その石に阻まれたんだからな」
餓鬼に追いかけられるとか軽く恐怖体験だったわー、と軽い語り口で話すリク。どんな追いかけられ方をしたのやら。
「餓鬼の大半は『食欲』に囚われてる。食いもんになりそうなやつは食いたがるさ。譬、人間でもな」
その一言を聞いて皮膚が粟立つ。
カニバリズムというのは物語の世界であるのは知っていたが……餓鬼に身を落とすと人肉まで食すようになるのか。
ああ、でも得心がいった。だから餓鬼は私を襲ってきたわけだ。餓鬼になる前の人間の姿だと、普通の審美眼からすると、餓鬼よりは遥かに美味しそうに見えるにちがいない。
「どうやって逃げたの?」
「あいつら形の割に弱っちいから、普通に蹴ったり、殴ったりで蹴散らせるぞ」
なんと。それは朗報だ。石の浪費を気にする必要がなくなる。
「で、話を戻すが、俺が踏み込めなかった場所というのが、その石がたくさんある場所なんだ」
「これが?」
石を見つめる。確かに、塞の川原の石は餓鬼道にいるやつに効力があるようだが。けれど、私やリクは普通に触れる。それが障害になりうるのだろうか。
「これ、効力消えかかってんじゃね? あと、塞の川原と離れてるからとか……とにかくな、確かあっちの方角に砂利道があるんだ。あそこは歩けないぞ。足が痛いの何のって」
「効力消えたはあり得るね。砂利道か……」
靴でも履いていれば怖いものなしなのだが、生憎、地獄道から裸足だ。天界道のときはあったはずなのに。
おそらくスーの計らいか地獄の決まりか何かだろう。さしずめ「逃がさない」とでも言ったところか。
とりあえず、行ってみるしかない。リクに情報提供を感謝し、別れを告げた。
砂利道というのを探してみる。現在地面はじめじめとした土だ。ただ泥まではいっていない。
足の裏に土が貼りつくことがないため、歩きやすい。
餓鬼もおらず、退屈になってきた頃、道の色の変わり目が見えてきた。
土色から灰色へ。ごろごろと砂利のある道だ。これがリクの言っていた道か。
石を一つ、拾ってみることにする。そっと手を伸ばした。
瞬間。
ばちぃんっ
静電気のような静電気より痛い衝撃が私の手を弾く。塞の川原なんて目じゃない。これは強力な結界のような役割を果たしているにちがいない。それくらいの拒絶反応。
少し爛れた指先を見つめ、それから砂利道の先を見つめる。──遥か彼方だが、出口らしい光が見える。
進まなければ、どうにもならないだろう。リクと同じく、永遠にこの世界に囚われることになるだけだ。
巡らなければならないというのなら、越えていけるはずだ。私はそんな根拠と言い難いものにすがって、一歩を踏み出した。
足が痛いというより熱い。見ると足は体温──赤い赤い血にまみれていた。
けれど、私は進む。
答えが知りたいから。
何故進まなければならないのか、知るために。
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