18




 彼岸橋の手前から立ち並ぶ屋台の列を抜けて、宮原神社の境内に入ると、人の波はずいぶんと落ち着いていた。


 想像していたよりも広い境内に、立派なお社。右手の方に何やら列ができていて、人々の足がそちらへ集まっていく。


「何があるんですか?」

「縁結びの札がいただけるんだ。それを、ほら、境内の真ん中に白い布が張ってあるだろ? その中へ、誰々さんとご縁がありますようにって祈りながら投げ込むんだよ」


 秋也の言うように、白い布の前には、両手に添えた札を次々に投げ込む人々の姿がある。


「それが、縁結び祭り?」

「そう。早坂さんもやってみる?」

「あ……、そうですね」


 奈江はちゅうちょする。どうにも、行動に起こさないといけない行事は苦手なのだ。


「あんまり得意じゃないんだっけ?」


 秋也は冷やかし半分に笑う。奈江の行動力のなさを楽しんでいるのが伝わってくる。


「縁結び祭りって、縁を預けて、縁をいただくお祭りなんですよね?」


 奈江はそれを思い出して、尋ねる。


「よく知ってるね」

「伯母が言ってました。離したい縁は一旦預けて、またご縁が必要になったら返してもらうといいって。それも、あの札でお祈りするんですか?」

「そうらしいね。手放したい縁は、あの札を裏返して投げ込むんだよ。興味ある?」


 そう言われて浮かぶのは、やはり、母の顔だ。しかし、手放す勇気はない。縁が切れてしまうのは少し怖い。母とはつかず離れず、そんな関係がいいのかもしれないと思う。


「どうしても必要になったら、やってみます」

「そうだな。それがいいよ。俺もそうするかな。欲しい縁は神頼みじゃなくても、多少は努力でどうにかなりそうだしね」


 秋也は腕にかけられた奈江の手を、ちらりと意味ありげに見る。


 ハッとして、手を引っ込める。


 どうかしてた。お付き合いしてもないのに引っ付いたりして。普段は絶対こんなことしないのに。何かの魔法にかけられたのか、魔がさしたのか……、やっぱり、宮原の神様が奈江たちを神社に呼び寄せようと、いたずらしたのかもしれないなんて思えてくる。


 でも、ずっと秋也に触れていたいと思った気持ちはうそではなくて……。それを神様のせいにするなんて、それもおかしい。


 揺れる思いを持て余してしまい、途方にくれていると、残念そうな顔をしている秋也と目が合う。気まずさを隠して、奈江はあわてて言う。


「人とのご縁が努力でどうにかなるなんて、宮原の神様が聞いたら、すねちゃいそうですね」

「そんなことないさ。参拝するだけでも、神様は見守ってくれるんだよ」


 秋也にはいつもハッとさせられる。


「伯母もそんなこと言ってました。縁結び祭りはご縁を授かりたい人が集まる祭りだから、出会う人といいご縁があるよって。神社へ出かけることに価値があるんだって教えてくれました」

「早坂さんの伯母さんは愛情深い考えをお持ちだよね」

「本当に、すごく思いやりのある人なんです」

「俺の叔母に似てるなぁって、初めてお会いしたときに思ったよ」

「叔母さんに?」

「雰囲気がね……って、うわさをすればだよ」


 うわさ……?


 秋也が目をやる方へ顔を向けると、境内に入ってきたばかりの初老の夫婦が、こちらへ笑顔でやってくるのが見えた。


「秋也くんも来ていたのか」


 白髪まじりの紳士が、奈江たちの前で足を止めると、穏やかにそう言う。


「お久しぶりです」


 秋也はきっちりと頭を下げるが、すぐにくだけた笑顔を見せる。


「元気そうじゃないか」

「すみません。なかなか顔見せれなくて。おじさんたちもお元気そうですね」

「おかげさまでな。こちらの方は?」


 奈江を気づかって、紳士が尋ねてくれる。


「ああ、すみません。こちら、早坂奈江さん。彼岸橋の近くに住んでるお客さんの姪御さんなんだ」

「そうか、彼岸橋のお近くに」

「早坂さん、ふたりは俺の叔父さんと叔母さん。商店街の近くに住んでるんだけど、なかなか会いに行けてなくてさ」

「そうなんですね。あの、私、早坂って言います。私の伯母がらんぷやさんでお世話になっていて、そのご縁で、猪川さんに私も親切にしていただいてます」


 そう口にして、奈江は改めて実感する。こうやって、縁はつながっていくのだと。


「彼岸橋のあたりに、早坂さんというお宅はあったかしら?」


 着物を自然と着こなす叔母さんが、おっとりとそう言う。詮索するというより、本当に思い当たらないから聞いてみたという感じだ。


「あっ、伯母は前橋って言います。昔から彼岸橋の近くに住んでるんですけど、アパートから一軒家に転居してるので」

「そうなの。それで、知らないのかしら。ごめんなさいね、存じ上げなくて」

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