20
黄昏の光がなければ、夜は明けない。そう言ったのは、康代だったか。
穏やかな灯りがあれば、朝が来るのも怖くない。そう言っていたのかもしれないと、店内に並ぶビンテージランプを眺めながら、奈江は思う。
ずっと一人でさみしくないの? と、いつだったか、奈江は康代に聞いたことがある。若い頃はそう思うこともあったわね、と彼女は笑ったが、そんなときに、ランプに出会ったのだろうか。
奈江だって、さみしい日がまったくないわけではない。時々、誰かに会いたくなるときはある。
人恋しい。そんなときは、ランプがあれば、さみしくないだろうか。康代のように生きるのも悪くはない。むしろ、そんな人生を送りたい。そう思う奈江は、店内の端に置かれた、すずらんの形をしたランプの前へと移動する。以前、秋也に見せてもらった無名作家のビンテージランプだ。
「やっぱり、それが気になる?」
奈江がそのランプに関心を向けるのを待っていたみたいに、秋也が声をかけてくる。
「物悲しい感じがするのに凛としてて、なのに可愛いですよね」
「早坂さんみたいだよね」
「私?」
「ひとめぼれだったんだ」
秋也はそうつぶやくと、すずらんのランプを手に取る。
「これを見つけたときも、屋敷の片隅に置かれてたよ。さみしそうにしてるのに、一人でいるのが好きみたいに凛としてた」
「見つけたときって……。猪川さんが買い付けたランプなんですか?」
「そう。唯一、俺が買い付けたランプ。吉沢さんと懇意にしてたビンテージランプのコレクターが亡くなって、ご家族がいくつか譲ってくれるっていうから、遥希の代わりに俺がフランスまで行ってきたんだ」
「そうだったんですね。猪川さんが……」
だから、秋也は以前、すずらんのランプを売ってもいいと言ったのだ。店主の吉沢が買い付けたものではないから。
作業台の上へ、彼はそっと大切そうにランプを置き、灯りをつける。
奈江はかがむと、すずらんのシェードを見つめる。まぶたを伏せている、美しい女性の横顔に見えるからふしぎだ。
「本当に綺麗なランプですね」
「飾らないのに美しい姿って、俺、好きなんだよね」
「ひとめぼれする気持ち、わかります」
奈江もきっと、ひとめぼれだった。店内には、ほかにもたくさん素晴らしい作品があるのに、このランプに心惹かれた。心を揺り動かすものが、このランプにはある。
「少しでも興味があるなら、手に入れたらいいんじゃないか? 俺ならそうする」
「でも、猪川さんだって手放したくないんじゃないですか?」
ひとめぼれしたランプをそんなに簡単に売って大丈夫なのだろうか。後悔しないだろうか。心配する奈江だが、彼は未練のない様子で明るい笑顔を見せる。
「早坂さんがもらってくれるなら、喜んで手放すよ」
物も人の心も、必要なところへ渡り歩いていく。秋也から奈江へ。それは必然だろうか。ランプがこちらへ来たがっているなら、ためらう必要はないだろう。
「大切にしますね」
「毎晩、つけてあげてよ。きっと喜ぶから」
「はい、必ず」
このランプを見てると、大切な人を思い出せる気がする。黄昏色の中に、秋也の笑顔が浮かぶから。ひとりの夜は、このランプがあれば、さみしくないだろう。
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