2. ひさびさの手合わせ

 僕はトレーニングシャツに着替えて、高木先生と一緒に近くの公園へ向かった。


 日はほとんど落ちていた。



 ひとけの少ない噴水の裏に行くと、そこで僕は体をほぐしはじめた。そこで高木先生の声がした。


「さて、はじめるとしよう」



 僕はどきどきしながら、高木先生に向かって構えを作った。左半身を前に、左手を掲げ、右手で手刀を作る。


 妖魔との、霊刀を使った戦闘を想定した、退魔師にとってもっとも実戦に近い方式だ。高木先生も同じように構えている。


 僕は高木先生の動きに集中する。それに、目を細めて息を整え気の動きを鋭敏に探る。――観気ノ術かんきのじゅつだ。


 そのとき、左上方に光が見えた。


 兆候……。僕はさらに左に移動し、反撃を狙った。


 ――しかし、次の瞬間、高木先生の姿が消えた。


 そしてどういうわけか、背後から背中を叩かれた。


「まだまだだね」




 それからも二度、手合わせをした。けれどすべて似たような結果になった。


 息を整えてから、僕らはベンチに座った。そこで高木先生は、


「どうだった?」


 僕は少し考えてから答えた。


「え、そ、そうですね。なにか、先生の攻撃がくる、と思うんですが。それに反応して……。気がつくと、見失っている。――そんな感じです」


 高木先生は「うん」とうなずいて、


「なるほど。観えているね。観えるようになったからこそ、気をつけないといけない」

「そ、そうですか。たしかに、光、みたいなものが、観える気がします」

「ほう。そこまできたんだね。――だとしたら、そろそろ、『鋭気ノ術えいきのじゅつ』を、学ぶべきか」


 僕は意外に思って、


「はあ、鋭気ノ術って、声を張り上げて威圧するとか。攻撃に気合いを乗せるとか。そういうことですよね。それなら、いちおう僕も習いましたよ」


 すると高木先生は、首を振って答えた。


「そうだな。それも間違ってはいない。けれど……」


 そうして高木先生は、こんなことを教えてくれた。



 相手の気配を察知して先手を取ることを、剣道などでも『せん』という概念で説明している。


 それは退魔術でも『観気ノ術かんきのじゅつ』として、基本の三術のひとつとして継承されている。


 また、武道やスポーツを鍛錬してゆくと、気の動きが観えるようになる場合がある。


 人によってさまざまだが、光や、色によって、相手の気配が見える。退魔師は特に、この気の使い方が重要になってくる。


 妖魔は妖気の塊であり、一種の気、そのものであるからだ。



「鋭気ノ術は、まさに意思。いつもわたしが言う、素直さが試される。――それを、よく考えてごらん」


 その言葉によって、教えが終わったらしかった。


「え、どういうことですか?」


 そう尋ねたが、高木先生は、「自分で気づきなさい」という目をしていた。



 僕はぐるぐると考えながら、公園からアパートへの道を歩いた。


 そこで、高木先生はスマートフォンを取り出して、誰かに電話をかけはじめたようだ。


「おつかれさまー! 黒、バイトは終わったか?」


 そうして、高木先生は黒を誘い、三人で焼肉を食べに行くという話をはじめた。


 とたんに僕の腹が鳴り出した。




 そういえば、と僕は気づいた。


 今なら聞けるかも、と。


「ねえ、先生……」

「どうした?」


 と、高木先生は振り返る。


「あの。黒のことですけど。黒は、退魔をしていない、ですよね」

「んー。ああ。そうだね」

「それに、短刀を見つけたんです。それが、机の下に……。テープでぐるぐる巻きで……」


 すると、高木先生はしばらく、考え込むように遠くを見ていた。


 それから、また僕を見て、


「黒が村を出て東京にきたあと。そこでしばらくして、退魔に失敗したことがあってね」

「失敗?」

「そう。そのとき、大怪我を負ってしまい。――それから、とても、怖くなったんだと思う。自分が武器を持って、妖魔と対峙することが」


 僕は高木先生の言葉が信じられず、


「まさか、そんな……」


 すると高木先生は自身の頭を指さして、


「黒の、頭の左側に、傷痕がある。――髪に隠れているだろうが」


 僕は絶句した。見たことはないが、そう言うからには、本当なのだろう。


 最後に高木先生は言った。


「いつか、ときがくれば、黒もあんたに話してくれるだろう……」

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