↓第37話 シタイノアリカ

 一同は別行動をとった。

 うららとゆららには調べものを頼み、街へ向かってもらう。

 迷子とカミールは教会で、ある人物と待ち合わせをした。


「なんじゃ、神父はおらんのか?」


「アンヘルさんは森へ出掛けるそうです。昼過ぎには帰るので、自由につかってくださいって」


「そうか。ところでアホ毛、誰と待ち合わせしとるんじゃ?」


「ウェルモンドさんです。いろいろ聞きたいことがありますから」


「ああ、そうじゃったな。でもいいんか? ヤツの家を調べるんじゃあ――」


「ここでいいんです。ちょっと気になることがありまして」


「気になること?」


「これを見てください」


 迷子は教会のタブレットを起動させる。画面には「なにかの模様」が表示されていた。


「これはとある書物に記載されていたものです。ちなみに作者はゼノさんではありません」


「ブラッディティアー以外の古書もあったんじゃな。しかしこの模様……どこかで見たような」


「ウェルモンドさんです。彼の棺桶――大工の道具入れに刻まれていました」


「!? ……って、なんでヤツの棺桶に? それに事件との関係は?」


「とりあえず待ちましょう。彼に聞けばわかるはずです」


 二人は長椅子に座って待機する。

 静かに時間が過ぎていく。正面の大きなステンドグラスが淡い光を反射し、空間を舞うホコリがきらめく。そんななんでもない光景が、どこか神秘的に見えた。

 ふとカミールが口を開く。


「……覚えとるか、アホ毛」


「なにをです?」


「母が倒れたときのことじゃ。おぬしが助けてくれたじゃろ」


「急にどうしたんです。やっぱり最終回フラグですか?」


「アホを言うな。あのときからじゃ。我は死がこわい」


 今でこそ社交的に見えるカミールだが、その根っこは「コミュ障」。

 特になにかあったわけではなく、もとから根暗で、あまり自分から関りを持ちにいかないタイプだった。


 そんな彼女には父と母がいて、二人はゲーム会社で働いている。もとはインディーズからスタートして、今では世界中にファンがいる会社に成長した。


 社長である父は忙しく、城にいないことが多い。母は仕事をするかたわら、幼いカミールとなるべく時間をつくるようにしていた。


 そんなある日、事件は起きた。

 母が倒れたのだ。

 カミールはなんとかしようと試みたが、人にどう助けをもとめていいのかわからない。


 もちろん気が動転しているということもあるが、こんなときでも人との接し方が頭をよぎり、「助ける」以外のことを複雑に考えてしまうのだ。


 電話をかけたらなんて言えばいい? 外に出て叫んでも大丈夫? 「助けて」って言ったら怒られる? そもそも伝わるようにしゃべれるの? ――彼女の頭はパンクしそうだった。


 でも、なにもしないわけにはいかない。このままだと母が死んでしまう。


 とてつもない恐怖に襲われたカミールは、なりふり構わず部屋に駆け込み、放り出してきたオンラインゲームの映像をつなぎ、カメラを母のところに持っていった。


 そのとき一緒にゲームをしていたのが迷子だった。


 画面の向こうで倒れている女性と、「あう……あう……!」と喉を詰まらせながら涙を流すカミールを前に、すぐさま迷子は才城家の部隊班に連絡した。


 それから数分後、城に無数のヘリが飛来し、母は病院に搬送される。

 検査の結果、過労だったことが判明し、その後容体は回復した。


「あのときはビビったぞ。自動小銃をもったベレー帽がいっぱい押し寄せてきたからな……」


「だって人が倒れているんですよ。テロリストに襲撃されたのかと思いました」


「あほう、勘違いが過ぎるわ! 戦場じゃあるまいし!」


 カミールは嘆息すると、


「……まぁ、そのおかげで母は救われたんじゃ。感謝しとる」


 そう呟き、視線を落とした。

 この一件以降、城で雇うことになったのがネーグルとアルヴァだ。

 もし両親がいなくとも、安心して城を任すことができる。

 人付き合いの苦手なカミールだが、なぜか執事の二人にはすぐに馴染んだ。

 それから平穏な日常が続いたが、彼女は自問自答を繰り返すことになる。

 あのとき自分がうまく喋れていたら、うまく人と接することができていたら、もっと早く母を救えていたのではないか? 下手をすれば最悪の事態だってありえたのではないか? そんな思いがぐるぐる渦を巻き、倒れた母の姿が頭をよぎる。


 そして数日の時が流れたある日、カミールは一つの決断に至った。

 脱・コミュ障。

 自ら人と関わり、苦手な部分を克服しようと考えたのだ。

 別にコミュ障が悪いわけではないのだが、大切な人に迫る死というものが、彼女にとって大きな衝撃をあたえてしまったのだ。


 ゲームで使用するアバターからヒントを得て、現実ではキャラを演じて生活する。そうすることで、なんとか人と接することができ、繰り返していくうちに、昔より話せるようになっていった。カミールの口調に関しては、このとき参考にしたキャラクターの影響を色濃く受けている。


「なぁ、アホ毛よ。おぬしは死ぬのがこわいか?」


「う~ん、よくわかりません。いつかぜったい死んじゃいますし」


 迷子はそう言うと、


「だからそれまでに『遺作』をみつけます。最強の迷探偵になって、おばあちゃんとの約束を果たすんです」


 キリっとドヤ顔でそう答えた。


「もちろんほかのこともやりたいです。世界中のおやつを食べて、みんなとゲームして、あとカミらんとスキンシップして――」


 迷子がふざけてカミールに抱きつく。

 頬ずりしようとすると、「や、やめんかー!」と拒否され、二人はもみくちゃになった。

 相変わらずいつもマイペースな迷子。そんな彼女を見ていると、死の恐怖も少し薄らぐような気がした。


「……死神を気にしとる場合ではないな」


「なんか言いました?」


「我も好きなことがしたいということじゃ。冥界に出向くまでに、たーっくさんの目標を達成してやるぞ!」


 不敵な笑みを浮かべながら、カミールは仁王立ちする。


「そのまえに事件を解決せんといかんな」


「そういえばカミらん、吸血鬼は復活するんですかね? わりと興味あるんですけど」


「さぁな。どのみち夜になればわかるじゃろ?」


「でも今夜は雨です。これじゃあ月が見えません」


 迷子は端末を操作して天気予報を見る。


「フン、我は晴れ女じゃ。軟弱なザコ雲なんぞ蹴散らしてくれるわ!」


 そう言って怪しい笑みを浮かべていると、迷子の端末が揺れる。

 ゆららからだ。


「――もしもし?」


『あ、メイちゃん? ちょっと大変なことになっちゃってぇ……』


「どうしたんです?」


『実はぁ……』


 言い淀むゆらら。数瞬の呼吸をはさみ、彼女はこう言った。


『死体を持っていかれたわぁ』

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